一方、竹鶴氏も訪れたグレングラント蒸溜所や、ベンネヴィス蒸溜所では、働く人々のすべてが「世界一のウイスキーをつくっている」と信じ、自らの役目を黙々と果たしていた。
蒸溜されたウイスキーは樽詰めにされ、出荷されるまでに最短で4、5年かかる。自分が生きている間には出荷されないかもしれない。出荷されてもほかの原酒と混合され、味が変わってしまうかもしれない。それでも、ベンネヴィス蒸溜所のロス・コリン社長は「ウイスキーづくりは自分の人生だ」と言い切る。
リタさんは母や妹弟をスコットランドに残し、竹鶴氏ともに日本で生きることを選んだ。もちろん、竹鶴氏への愛が最大の理由だったろう。ただ、それだけだったか。
母国・スコットランドに対する誇りと自信。それもまた、竹鶴氏のウイスキーづくりを支えることに、リタさんを駆り立てた―。そう思うのは考えすぎたろうか。