戦後は東京大学文学部の研究生となり、歴史学者の道を歩まれた。メソポタミア地方(イラク)の学術探検、トルコの古代遺跡視察のほか、友好親善や葬儀参列のため、北欧や東南アジアなども訪問し、戦後の皇室による国際親善に大きな足跡を残された。
90歳を過ぎると体調を崩しがちになり、20(2008)年6月に急性心不全との診断を受けてご入院。21(2009)年と23(2011)年にも軽い心不全で入院された。寛仁さまが薨去された直後の24(2012)年7月には、心臓の僧帽(そうぼう)弁が十分に機能しないために血液が逆流する鬱血(うっけつ)性心不全と診断されて96歳で手術を受けられた。
手術後は公の場に出る機会が減ったが、27(2015)年12月2日に100歳となり、28(2016)年1月2日には、皇居で行われた新年一般参賀で元気な姿を見せられた。しかし、5月16日に急性肺炎で同病院に入院後、心機能の低下が確認され、ご入院は約5カ月に及んでいた。
最近は容体が安定していたが、27日午前7時40分ごろに容体が急変して同8時ごろに心停止となり、百合子さまが付き添われる中で息を引き取られたという。
●=ウかんむりの下に心、その下に用
★=火へんに軍