原発避難、国に賠償命令 「今回の判決、世の中の指針に」


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 □原告団副団長・山田俊子さん

 原告団の副団長を務めた山田俊子さん(78)は国の責任を認めた今回の判決が「世の中の指針になってほしい」と語る。

 小学校教員として勤務後、平成19年に「『終活』のつもりで」と、夫の親戚が多く住む福島県南相馬市に夫婦で移住。初めて南相馬を訪れたときに見た風景は忘れられない。自然豊かな風土に田園が続く町並み…。夫と治療院を営む傍ら、田んぼで米作りをする生活が始まった。

 そんな生活も震災で中断。神奈川県愛川町に避難し、原告団副団長としての活動と並行して進めたのが「被害の実態を社会に知ってほしい」とのメッセージを込めた絵手紙の制作だった。「豊かな自然環境の中で人間らしくくらしたい それが復興だ」

 絵の具で色付けした南相馬の田園風景などを背景に被害を訴えるメッセージを記した。心に直接訴え、人々の共感を呼んだ。29年7月、積み重ねた絵手紙は、全87ページの冊子となった。

 活動を支えたのは不遇な環境に置かれた子供たちを憂う気持ちだ。原発事故をきっかけに進学を諦めた子や大学を中退せざるを得なくなった子たち。「当たり前の人生を奪われた。その責任を取ってほしい」。憤りが原動力になった。

 判決後、「原発事故は国土を台無しにし、生活も破壊された。そこを分かってもらいたかった」とマイクを握った。復興への道程を、これからも歩む。(河野光汰)