社会・その他

世界遺産に「殺された」富岡製糸場の教訓 観光客殺到で「本来の姿」失う (3/4ページ)

富岡製糸場の来場者数は3年で半数以下に落ち込んだ

 事実、『読売新聞』の記事(2018年6月25日朝刊)によると、富岡製糸場は世界遺産に登録された14年、年間133万7720人もの来場者がありましたが、2年後の16年度にはそこから4割減少し、17年にはついに半数以下に落ち込んでしまっています。

 人口約5万人の富岡市にとって、富岡製糸場が持つ観光的な価値は財政面でも地域維持の面でも大変に重要です。一方で世界遺産登録を維持するため、その修復・管理にかかる費用はこの先10年で100億円にも上るとされています。それなのに、その原資となる入場者数が下降線を描いていることで、目算が大きく狂い始めているのです。

 富岡製糸場の事例を踏まえて言いたいのは、自分たちの町、地域の遺産をいかに観光のために整備できるか、より総括的に考える必要があるということです。もしくは世界遺産への登録が、本当の意味で観光振興につながるのか、熟慮が必要です。

 地元の人たちや関係者たちが、それらの問いを吟味した先に、世界遺産登録の本来の意味は生じます。そこを詰めないまま、「世界遺産登録=観光客誘致の切り札」と短絡させるだけでは、物見遊山的にやってきて、「失望した」と文句を拡散する人を増やすだけです。

観光客がいるからオペラやバレエを見ることができる

 観光による文化へのダメージがあまりにも目立ち過ぎるため、「文化と観光は両立しない」という極論が、最近では聞かれるようになっています。それは「観光が増えれば文化は必ず凋落する」という意見です。しかしここでぜひとも強調しておきたいのは、観光が文化にもたらすプラスの側面も大いにある、ということです。

 たとえば日本やアメリカからヨーロッパへ観光に行くと、多くの人がオペラやオーケストラを楽しむことでしょう。

 私がウィーン国立歌劇場に行ったときは、自分と同じような観光客で客席の半分ぐらいが埋まっているように見受けられました。ウィーンに限らず、パリのオペラ座、ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウス、ミラノのスカラ座と、主だった都市の劇場は、どこも観光客の姿が目立ちます。

 バッハやベートーベンの音楽が現代に継承されて、盛んに演奏されるということは、つまり音楽家たちに仕事のできる環境が、存在し続けてきたからということです。オーケストラやオペラ、バレエなどの大がかりな舞台芸術は、地元の観客だけを相手にしていては到底維持できません。よそからやってきて観劇料を払ってくれる観光客の存在があって、バイオリニスト、ピアニスト、歌手、バレエダンサーらが芸術の担い手として、今日も舞台に立つことができるのです。

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