どこまで性格?どこから病気? 自己と向き合う30回の「TMS治療」

最先端の鬱治療とは(4)
TMS治療機器のシートに座って電磁コイルを頭に当てる記者=東京都新宿区西新宿の新宿メンタルクリニック

 「痛みには慣れてきましたか?」。頭を固定するテープを剥がしながらトリーターと呼ばれる技師が尋ねてきた。「我慢はできるようになりました」と苦笑しながら答える。約40分間にわたり電磁コイルを頭に当てられながら大脳に磁気刺激を受け、15回目の鬱(うつ)治療を終えた。30回必要なTMS治療の折り返し点を迎えたのだ。

 軽い躁状態と鬱状態を繰り返す双極性II型障害(II型障害)と診断された記者は、神経細胞の集まりである左側の扁桃体に刺激を与えられ、沈んだ気持ちを上昇させる治療を受け続けている。小型の電動トンカチで叩かれているようで、当初は耐えられないと感じていた痛みにもだいぶ慣れてきた。

 新宿メンタルクリニック(東京都新宿区西新宿)にあるTMS治療機器63台はハブコンピューターでつながっており、番号を入力すればどの機器でもその患者の設定を呼び出すことができる。治療開始前にはトリーターと医師によるダブルチェックも。頭皮でいえば、美容室でシャンプーをする際にお願いする「かゆいところ」の少し手前。毎回同じところに寸分違わず同じ刺激を与えてくる。ずれてしまった場合には機器がサインを出し、トリーターが修正してくれる。

 当てる角度が悪いと三叉(さんさ)神経に触れて鼻や頬がしびれて痛みが走ることもあるそうだが、いまのところ経験せずに済んでいる。治療の間にDVDを鑑賞できる環境は整っているが、さすがにその余裕はない。

 「II型障害は性格の中に病気が入り込んでいるもの。どこまでが自分の性格だったのか、どこまでが病気によって起こっていたのか。自分の中で線を決めていってほしい」。TMS治療前の説明で川口佑院長は述べ、「カウンセリングをする中でそれがまとまっていくと思う。知らず知らず無意識のうちにやっていたこういう行動が実は病的なものだったことが分かると思います」と続けた。

 記者のような循環気質の人間をII型障害に変えるトリガーが存在するという。自分が否定されることを恐れる傾向が強く、循環気質は人に対してとても過敏だとされる。川口院長によると、「10人いたら10人全員に嫌われてはいけないという極端な考え方になってします。その防衛線を突破されたときに発症してしまう」そうだ。そして「その努力は必要ないし『10人全員に嫌われても問題ない』という考え方になっていくことで再発が防止できるようになります」と語りかけてくる。気持ちが楽になっていくのが分かる。

 TMS治療の初期の段階で心境の変化があった。人と会っているときにふだんよりも気分が高揚し饒舌になる一方、気分が沈むときも極限まで落ち込むことなく安定している自覚があった。最先端の治療を受けているというプラシーボ効果かもしれないし、川口院長のアドバイスで気持ちが落ち着いたのかもしれない。

 早い段階で治療の効果が出るのは「よい兆候ではない」と聞いていたため、4回目の治療後に川口院長の問診を希望した。波の変動幅を小さくすることが目的だったのに、むしろ波に合わせて変動幅を大きくしている可能性もあるからだ。しかし、問診で「睡眠時間は十分に取れている」「イライラすることはない」ことを伝えると、治療は順調であり心配しなくてもよい旨を告げられた。

 TMS治療前に執筆した2回目までと治療後に執筆した3回目以降の文を読むだけでも、記者の心が落ち着いていることや穏やかになっていることが分かるのではないだろうか。決して意識して書き分けたわけではない。

 高層ビル「アイランドタワー」の24階にある新宿メンタルクリニック。天気が良ければ診察室から富士山が見えることもある。サロンのような優雅な待合室ではハーブティーやビタミン飲料などのノンカフェインのドリンクが自由に飲める。トリーターや医師らスタッフが意見を出し合って決めたという。

 効果が見込めるとはいえ、快適ではないTMS治療を受けるために足を運ぶのは、鬱状態の人間にとって苦痛なことだ。当たり前だが待合室で楽しそうな表情を浮かべる患者などいない。しかし、スタッフらは笑顔を絶やさず高級レストランの従業員のように丁寧に接してくれる。これだけでもどれだけ救われるか。鬱の経験がある人には分かると思う。

 鬱治療は自分と向き合う作業でもあった。多分に自業自得だが良い人生を送ってこなかったために辛い課題となったが、節目節目の出来事が自己の人格形成に影響を与えてきたことを認識できてきた。どこまでが性格で、どこから先がII型障害がさせている病的な行動なのか、答えはまだ分からない。30回目の治療を終えたとき、記者の目はどんなふうに見えているのだろうか。

 ⇒【最先端の鬱治療とは(5)】は3月下旬に掲載予定。