「本当にシカ肉ですか?」と絶賛 獣臭さ抜いた「清流鹿」ブランド展開へ

 
町内で捕獲されたシカ肉を使った古座川の清流鹿(古座川町役場提供)

 農作物を食べるシカやイノシシなどの対策に頭を悩ます地方は多いが、和歌山県南部の古座川町は地元の猟師と連携し、鳥獣害を逆手にとって、捕獲したシカやイノシシを食肉に加工し販売する取り組みを本格化させている。中でも古座川の豊かな自然の中で成長したシカの肉は、「古座川の清流鹿」と名付けブランド化。東京や大阪などの飲食店に売り込み、町の“厄介者”を古座川の新しい魅力としてアピールしている。(土屋宏剛)

 シカやイノシシ被害の打開策に

 和歌山県全体の平成26年度の農作物の鳥獣被害額は約3億2千万円と多い。うち古座川町は約155万円で、毎年平均して約150万円の被害が出ている。

 同町産業建設課によると、昨年度のシカの駆除頭数は1177頭で「年々少しずつ増加している」(町産業建設課担当者)。

 特に高齢化が進む同町では、商売として農業をする人より自分の食料として農作物を育てるお年寄りが多いといい、同課の担当者は「実質的な被害額だけでは計算できない影響もある。農作業を生きがいにしているお年寄りも多く、鳥獣害は長年の課題だった」と話す。

 そこで同町は、平成26年度から食肉加工処理施設の建設など関連事業に総額6700万円を盛り込み、昨年3月末に鳥獣食肉処理加工施設を建設。これまでは駆除したシカやイノシシは山中に埋めて処分していたが、地元猟友会に所属する猟師と協力し、加工施設に搬入して「ジビエ」に加工、売り出す取り組みを始めた。

 施設が稼働して1年余りになるが、昨年はシカ532頭とイノシシ57頭を処理し、約570万円を売り上げた。「初年度としては上々の滑り出しで将来に期待がもてる」と町産業建設課の細井孝哲さん(32)は話す。

 中でも、「古座川の清流鹿」は町内の山中で地元の猟友会のメンバーが捕獲したシカ肉に名付けられたブランド。全国の飲食店でも絶賛される上質な肉質が特徴だ。

 牛や豚と異なり、筋肉質で歯応えがあるシカ肉は、野生の獣特有の独特の臭みから敬遠されがちだった。

 しかし、清流鹿は「全くクセがなく、初めて食べる人でも肉の良さが分かる」と加工施設の職員も自信を見せる。「清流鹿は、アユなどが取れるきれいな川の水を飲み、豊富な食糧がある山で生きている。紀伊半島は気候も温暖で、冬も寒さが厳しくない。他の過酷な環境で生き延びているシカよりも肥えて肉質もいい」という。

 また、捕獲から2時間以内のもののみ食肉に加工するなど、こだわりも見られる。加工施設の職員は「体内に血液が残ると、嫌な臭味が発生する。すぐに処理することで血抜きも完璧になる。こうして、ブランドの質を落とさないようにしている」と話す。

 加工後は0~1度に温度管理された熟成室で保管される。シカ肉は筋肉質なため、繊維が硬い。それを熟成させることで肉質を柔らかくする。「口に入れた時に味の魅力が100%出るように心がけています」。加工施設の責任者を務める深海政也さん(39)はそう話す。

 加工処理を担当する深海さんら職員4人のうち、3人は宿泊施設などで料理人としても働く。「料理人目線で肉を処理するので、骨の大きさや肉の厚さなど細かい注文を受けられる。そんなことができるのも、ここだけでは。頭の中にお皿に盛られるシカ肉をイメージしながらさばいています」と深海さん。

 東京、大阪で食べられる古座川のシカ肉

 町主導で、全国のジビエ料理のイベントや物産店などで積極的に販促活動も実施している。今年2月には、福岡市で開催された「第2回日本ジビエサミット」で古座川町のジビエの魅力をPRした。

 こうした販促活動の効果もあり、古座川の清流鹿は3月末現在で、県内だけでなく、東京や大阪などの飲食店計24店舗に出荷している。「知名度も次第に広がってきていると思います」と細井さんも手応えを感じている。

 東京都武蔵野市でスペイン料理のレストラン「ドス ガトス」を経営する高森敏明シェフ(55)は古座川の清流鹿をコース料理のメーンの肉料理などに使用する。

 和歌山出身の高森さんは自信を持って提供できる故郷・和歌山の食材を探している際に知人に勧められたという。「今まで使っていたシカ肉はうま味があっても獣臭さがあった。古座川のシカ肉は食べる前に臭いを警戒していたお客さんも『本当にシカ肉ですか』と驚く。肉の純粋なうま味が口の中に広がるんです」と絶賛。「和歌山の食材に誇りが持てました」という。

 町内でもシカ肉普及へ

 同町では今年1~3月の各月1回、町内の小中学校4校でシカ肉を使用した「ジビエバーガー」を給食で提供した。町教委の担当者は「学校の周りにはイノシシやシカ除けのフェンスで囲まれた学校が多く、悪いイメージが定着していたが、新しい村の資源になった今、子供たちにも新しい村の魅力を知ってもらいたい」と話す。

 細井さんは「ゆくゆくは全国の飲食店で『古座川の清流鹿』が食べられるくらいの人気商品に」と意気込む。村の“厄介者”だったシカが、今や村の新しい資源として期待されている。