企業側が気に入る今どき「就活ヘア」 近大と理容業界が業種別に提案

 
理容店の組合が開いたセミナーでは、「就活ヘア」のカット実演が披露された=奈良市

 若い男性が理容店ではなく美容院を利用するようになった昨今。厚生労働省の調査によると、理容店の店舗数は昭和60年をピークに減少傾向にある。そんな中で、奈良県の理容店でつくる県理容生活衛生同業組合が平成26年に始めた「就活ヘアプロジェクト」が注目を集めている。美容院に通っていたイマドキの男子大学生に「理容店の就活サポート」として、就職を希望する業種に好感度が高い髪形を「就活ヘア」として提案。これが注目を集め、取り扱い店舗は県外にも広がっている。

 金融は七三、建設は短めきっちり

 まじめで堅実そうな印象が重要な金融業界は、下をすっきりと刈り上げた七三分け。公務員は自己主張が強すぎず、控えめで協調的な印象を与える無難な横分け。マスコミはおしゃれでさわやかさが際立つスタイル、体育会系の建設業界は短めのきっちりスタイル-。

 県理容生活衛生同業組合が今年2月、近畿大学(大阪府東大阪市)と共同で発表した「就活ヘア」は10種類。約480社の企業と学生約360人を対象に実施したアンケート調査から、業種別に「好感度の高い就活ヘア」を分析、開発した。

 組合ではデータをもとに、「就活ヘアプロジェクトマル秘マニュアル」を作成。加盟店に配布し、就活を控えた学生のニーズに応じたカットができるようにしている。マニュアルは単にカット法の伝授にとどまらず、企業の採用担当者らが「好ましい」と感じる身だしなみから面接での受け答えまで、就活に関する情報が満載。カットしながら就活生の悩み相談も受けられるという優れものだ。

「刈り上げには抵抗」

 「就活生の髪形に、もっと責任を持ちたい」。プロジェクトは、奈良県生駒市で理容店を営む同組合の青年部長、大月靖彦さん(42)のそんな思いから生まれた。

 昔ながらの常連客も多い大月さんの店には、若い男性客も通う。だが、「就活なら刈り上げがいいのでは」と勧めると、「刈り上げには抵抗がある」と拒否反応が多かった。無理強いもできないので、「髪が耳にかかる程度」にしていたという。

 確かに、染めたり伸ばしたり…と、自由なヘアスタイルを楽しんできた学生たちが「黒髪、刈り上げ」にいきなり変えるのは、抵抗感が強そうだ。ただ、大月さんが店で接する利用客には、就活で面接官を務める立場の男性も多く、仕事を通じた会話の中から、「耳にかかるような中途半端なスタイルはよくないのでは?」と兼ねてから感じていた。

 プロジェクトは、そんな大月さんの思いを聞いた店の常連客の1人だった近畿大の中谷常二・経営学部教授が大月さんと立案。中谷教授の研究室の学生と組合の加盟店などが協力し、アンケート調査に着手した。

 面接でもチェックは「仕事基準」

 調査の結果、企業側が「好ましい」とした髪形は「刈り上げ」や「耳だし」「ショート」が過半数。大月さんの予想が数字で裏付けられた形だ。

 結果を見たある関西の地銀の採用担当者は、「耳だしや刈り上げ、髪の色のレベルは5(焦げ茶色)が許容範囲というのは、業界のルールそのもの」と感心しきり。面接時には髪形に加え、「靴は磨かれているか」「ヒゲはきちんとそられているか」など、清潔感を重点的にチェックしているという。

 奈良の老舗高級ホテル「奈良ホテル」の採用担当者も、「面接といっても、チェックするレベルは『仕事基準』。髪形だけでなく身だしなみはチェックする」。実は、髪形のチェック基準も「前髪は眉にかからず、横は耳にかからず、襟足は襟にかからない。もみあげは耳下より短く、ヘアカラーは禁止」など細部まで定めているという。「就活生の意識、意欲は見た目にまで表れると思う。自分をよく見せる努力はすべきでしょうね」と話した。

 「自分は長くても大丈夫」との傾向も…

 調査では、学生自身もすっきりした髪形が好ましいことは理解しつつも、「自分は少し長めでも大丈夫」と考える傾向があることも浮き彫りになった。

 合同企業説明会をのぞいてみると、大阪の私大法学部3年の男子学生(21)は「就活だからと髪形を決められるのはイヤ」と断言。髪は少し長めのイマドキ風で、「どうせ終わったら伸ばすし、そんなものに振り回されたくない」話した。

 一方、「前は赤とか茶に染めてたんですけど…」と明かした奈良の私大文学部3年の男子学生(21)は、「説明会なんで」と黒髪に染め直し、短くすっきりカットしていた。「業界ごとの髪形があると分かってたら便利ですよね」と、就活ヘアには興味津々の様子だった。

 社会人生活を前に、意識しながらも学生らしい髪形から抜けきれないという就活生と、面接段階から「社会人らしさ」を求める企業側との間には、明らかにギャップがあるようだ。近大キャリアセンターの土井良介課長は「就活の髪形がフォーカスされていなかったのは、逆に不思議」とし、「学生には『基準は自分』ではなく、あくまで社会であることを意識してほしい」と、学生にも髪形の重要性を説いているという。

 加盟店は全国に

 大月さんの思いから始まった「就活ヘア」プロジェクトは、低迷が続く理容業界の新たな起爆剤として期待されている。最近は他府県の同業者からの問い合わせが絶えないといい、大月さんは技術講師として全国を飛び回っている。「就活ヘア」を扱う店も奈良だけでなく大阪、京都、滋賀など9府県にまで広がった。

 学生からの評判も上々といい、ある店には就活期間の半年で17回も来店した学生も。大月さんは「感覚的には、学生の客は3倍は増えたと思う」と話す。今後は店に掲示するチラシやのぼりでなどでの告知だけでなく、大学のキャリアセンターでのPR活動も予定している。

 「理容店復興のために始めた取り組みだが、個人的にはこれで集客するよりもお客さんに満足できるサービスを提供できることがうれしい」と大月さん。「全国に就活ヘアを広げたい」と意気込みを語った。

(神田啓晴)