「ピラミッド」崩壊事故から1年 ガイドライン策定で「変わる運動会」

 
動画投稿サイトで公開された八尾の市立中学校の男子生徒が挑んだ10段ピラミッドの映像。この直後に崩壊した(ユーチューブから)

 今年も体育大会・運動会の季節が近づいてきたが、いつもとは様相が大きく変わっている。昨年9月、大阪府八尾市の市立中学校で開催された体育大会で組み体操の「ピラミッド」が崩壊し、生徒6人が重軽傷を負う事故が発生。その後の文部科学省の調査で、平成23年度以降で“運動会の華”といわれる組み体操に関連する事故が年間8千件以上も起きていたことが判明。「教育効果と危険性のバランスを判断する」よう求める同省の通知を受けて、各校の対応は大きく分かれている。「達成感を味わってほしい」「それでも安全が大切」…揺れる教育現場からは苦悩の声があがっている。(香西広豊)

 「それでも実施」「やめます」対応さまざま

 「教職員全員で安全面について十分に配慮することを共通認識したうえで、組み体操実施を決めた」

 八尾市のある市立中学校の校長は、9月25日開催予定の運動会で組み体操を実施することを決めた。1~3年生の男子生徒全員が参加して練習に励んでいる。

 市教委が4月に策定した組み体操の安全に関するガイドラインでは、四つんばいで重なる「ピラミッド」は5段まで、肩の上などに立って塔を作る「タワー」は3段までと上限を設定。2段以上に重なる演技では、2段以上に乗る児童・生徒と同数以上の補助を配置することや、練習で一度も成功していない演技は本番では実施しないことも指示されている。

 これを受けて、この中学ではピラミッドは5段で実施するが、タワーは実施しないことを決めた。「ガイドラインに基づいた形で演技構成や安全対策をした」と校長は説明し、組み体操を行うことについて「演技を通じて、生徒たちに団結力や達成感を味わってほしい。他人と協力することの大切さや思いやりの心を持つことを学んでほしい」と話した。

 一方、八尾市の別の中学校は組み体操を実施しないことを決めた。今年は組み体操に代わって、集団行動や演舞を披露する。同校校長は「組み体操で培うことができる団結力は、集団行動や演舞などの表現活動でも培うことができると判断した」と説明する。

 同校では、1学期中に組み体操中止を保護者らに伝えたが、特に大きな反発などはなかったという。だが、来年度以降については組み体操を行うかどうかは「未定」としている。

 「ピラミッド崩壊」動画からわき上がる議論

 “様変わりした体育大会・運動会”は、昨年9月27日に八尾市市立中学校の体育大会で起きた事故をきっかけにわき上がった。

 メインイベントとなる組み体操で、1~3年生の男子生徒157人による10段のピラミッドが崩壊し、1年生(当時)の生徒が右腕を骨折、5人が負傷した。その模様は動画投稿サイト「You Tube」で公開され、組み体操をめぐる議論が全国に広がっていった。

 「国全体でピラミッドなどの段数制限を設けるなど規制すべきだ」と訴える署名運動には1万人以上の署名が集まり、文科省も抜本的な対策に乗りだした。

 同省の調査で、小中学校や高校で起きた組み体操に関する事故について、平成23年度以降年間8千件以上もの災害共済給付が支給されていたことが判明。また、昭和44年度以降でも組み体操の練習中に9人が死亡していたことが明らかになった。

 このため今年3月、国として一律の禁止や制限はせず、各学校が教育効果と危険性のバランスを判断するよう求める通知を都道府県教委に出した。馳浩文科相(当時)は「一律に禁止というわけではない」と明言したが、その一方で教育現場には「確実な安全など確保できるわけがない」などと動揺が広がった。

 そんななか、千葉県流山市や柏市などは組み体操の全面廃止を決定。他自治体の教育委員会も対応に追われた。

 ガイドライン策定し、実施計画提出も

 大阪市教委は、ピラミッドとタワーは全面禁止としたが、「練習で習熟することで事故が確実に少なくなる」として組み体操の全面禁止は見送った。

 一方、一連の問題の“震源地”となった八尾市教委は、今年4月に安全に関する「ガイドライン」を策定し、全市立小中学校43校(小学校28校、中学校15校)の校長らに通知。各校の校長や教頭、教員らを対象にした研修会を展開して、ガイドラインの周知徹底を図った。

 その結果、6月に運動会を行った市立小学校では組み体操は実施せず、代わりにマスゲームのような演技を披露したという。

 これから本格的な運動会・体育大会シーズンに突入するが、市教委は8月に全市立小中学校に対して聞き取り調査を実施。組み体操を行う学校に対しては書面による実施計画の提出を求め、「ピラミッドを何段にするのか」(八尾市教委指導部)などと電話によるヒアリングも行っている。

 その結果、今年度の運動会・体育大会で組み体操を行う学校は29校(小学校17校、中学校12校)、実施しない学校は14校(小学校11校、中学校3校)となった。

 昨年度の事故を受け、存在自体が問われるようになった“体育大会・運動会の華”組み体操。達成感か、安全か…教育現場でもさまざまな思いが交錯するなかで本格的なシーズンを迎えようとしている。