働き方改革進む欧州の実態 残業少なく家庭と両立支援
安倍政権が「最大のチャレンジ」と位置付ける働き方改革の議論が本格化している。非正規労働者の待遇改善を目指す「同一労働同一賃金」の実現や正社員を中心とした長時間労働の是正が柱。9月27日には関係閣僚や有識者らによる「実現会議」の初会合を開催、政権は経済の好循環につなげる思惑だが、年功賃金など労働慣行が厚い壁となり、実現は見通せない。取り組みが進む欧州の実態を探った。
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◆日本上回る出生率
日が高い6月の午後4時。フィンランドの首都ヘルシンキの中央駅は、仕事を終え帰宅する人で混雑していた。
女性就業率の高さで知られるフィンランドは、夫婦共働きが当たり前。女性が生涯に産む子供の推定人数を示す合計特殊出生率も高く、1.8程度で推移し日本の1.46を上回る。その背景の一つが残業の少なさだ。
女性の8割がフルタイムで働くが、1日の労働時間は7時間半が一般的。午後4時には退社し、帰宅時の混雑は同5時には終わっているのが日常の風景だ。
ヘルシンキから西に約20キロのエスポーにあるIT企業の社長、ベーラ・シルビウスさん(41)は「働き過ぎの従業員がオフィスに入れないよう鍵を取り上げることもある」と語る。残業には最大2倍の賃金を払わないといけないことも理由だ。「社会全体を考えれば、社員が無理せず売り上げを出すのが良い経営だ」。会社員の夫とともに、12歳と10歳の息子を育てる母親でもある。
管理職を中心に残業はあるが、週49時間以上働く人の割合は7.9%。日本は21.3%で、男性に限ると日本の30.0%に対し、フィンランドは11.5%とほぼ3分の1だ。日本の法制度は、労使が協定を結べば実質的に残業時間の制限がなくなって“青天井”の働き方が可能となるが、フィンランドは労使合意があっても4カ月間では138時間、年間250時間までと定められている。
◆「父親休業」8割
そんな中、経済の低迷を理由に大きな見直しが進んでいる。「フィンランド労働組合中央組織」のイルッカ・カウコランタさんによると、政府は所定内労働時間を長くすることを提案し、労働者側も年24時間の延長を受け入れた。給与は増えず、実質的な賃下げだ。
ただ、一日の労働時間でみると長くなるのは約6分。カウコランタさんは「フィンランドの労働環境には歴史的な転換だが、日本とは大きな差がある」と語った。
日本でも注目される子育て支援制度は、女性の社会進出、男女平等を保障するため発展してきた。母親の育児休業のほか、「父親休業」、両親で分け合える「親休業」も。父親休業を3週間取る割合は約80%で、男性の育休取得率が2.65%の日本のはるか先を行く。
ヘルシンキに住む会社員、アレクシ・リンタ・カウッピラさん(32)は、昨年12月に生まれた長女ミイナちゃんのために父親休業に加え、生後4カ月のときに親休業を取り始めた。妻のエイラさん(33)は既に職場復帰し、約4カ月間、日中は1人で世話をする生活だ。「職場には理解があり、仕事にもいい影響があるはずだよ」と語る夫に、エイラさんは「誇らしいわ」と笑顔を浮かべた。
フィンランド社会に詳しい吉備国際大の高橋睦子教授(福祉政策論)によると、1950年代ごろからの工業化で女性も社会に出て働くようになり、70年代から子育て支援制度の整備や男性の育児・家事分担も進んだ。「仕事と家庭生活との両立には保育制度の充実に加え、残業を減らし休暇も確実に取れる働き方改革が不可欠だ」
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【用語解説】長時間労働の規制
日本では労働基準法で労働時間の上限を1日8時間、週40時間と規定し、企業が時間外労働(残業)をさせる場合は、あらかじめ労使協定(三六協定)を結ぶ必要がある。厚生労働省は残業の上限を月45時間、年360時間までと基準を定めているが、労使で合意すればボーナス商戦といった繁忙期はさらなる残業も可能。事実上、無制限な残業を容認する“青天井”の状態で、過労死の労災認定基準(月80時間)を大幅に超える残業につながりかねない。女性や高齢者の働きにくさも招いており、労働組合などは上限規制をするべきだと指摘している。
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■パートも同一賃金 週3日勤務
「仕事と生活のバランスが取れて満足だね。月曜の午前は趣味のテニスをしているよ」
オランダ第4の都市、ユトレヒトに住む編集者、レイニエル・ファン・ドゥ・ブリーさん(57)は、13年前の転職をきっかけに週3日勤務のパートタイムで働く。週末に加え月曜、金曜日も休みだ。家庭での時間を大切にするのが大きな理由だが、こういった働き方を可能にするのはフルタイムで働く人と時給を同じにするなど待遇を保障する制度があるからだ。
◆共働きで生計
ブリーさんは「同一労働同一賃金」の原則に基づきフルタイムで働く場合と同じ時給を得られ、“働き盛り”の40代から、ためらいなくパート勤務を続けることができた。週5日のフルタイムで働く場合に比べて給与総額は60%程度になるが、妻も出産を機に週3日のパート勤務。2人で1人分超を稼ぎ、18歳と15歳の子供を育てている。
日本ではパートで働く場合、正社員に比べ待遇が大きく見劣りするケースが多い。時給は6割未満であるほか、福利厚生面でも大きな差があり、企業が安価な労働力として活用する性質が強い。
「それは差別みたいですね」。「オランダ労働組合連盟」の幹部、コーエン・ファン・デル・ビールさんは日本の待遇格差にいぶかしげだ。
オランダでは1980年代からパートタイムが増えた。当時の深刻な経済不況の下、失業者を減らすため、仕事を分け合うワークシェアリングを進めた経緯があるが、労働環境も改善されてきた。96年には、フルタイムで働く人との賃金や社会保険、昇進といった労働条件の待遇差が禁じられた。
日本のパート労働法にも同様の規定はあるが、対象者の範囲が狭く定着していない。
さらにオランダでは2000年から、労働者に働く時間を短縮・延長できる権利が法律で保障され、柔軟な働き方を後押しする。子育てに積極的で一時的にパートに切り替える男性も増えているという。
◆副業もOK
こうした環境の違いが、年間の平均労働時間の大きな差を生んでいる。オランダの平均は1347時間で、日本の1741時間より約400時間も短い。
副業が広く認められていることも柔軟な働き方に一役買っているようだ。週3日勤務のブリーさんも、年に何回かは記者業をして「趣味に使う程度」の稼ぎを得ているという。日本では一部の企業で認める動きはあるが一般的ではない。
千葉大の水島治郎教授(オランダ現代政治)によると、労働組合が1980年代以降、存続に向けた戦略の下、積極的に女性やパートタイムで働く人の待遇改善を訴えてきたという。日本では、転勤や無制限な残業といった責任を担わされる男性中心の正社員モデルを見直す必要があると指摘する。「同一労働同一賃金を進めるには抽象的に議論しても意味がない。まずは長時間労働を是正し、仕事の役割を明確にした上で、均等待遇を担保していくべきだ」
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【用語解説】同一労働同一賃金
同じ仕事をしている労働者には、同じだけの賃金が支払われるべきだとの考え方。欧州で普及している。日本では安倍晋三首相が今年1月に実現を打ち出し、派遣やパートといった非正規労働者と正社員の間の不合理な待遇差をなくすことを目標としている。パート労働者の時給は、日本ではフルタイムで働く正社員の6割弱と差が大きい。6月に閣議決定した1億総活躍プランでは、8割程度となっている欧州諸国並みへの改善を明記した。政府は今後、企業向けのガイドライン策定や必要な法整備を進める。
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