腸内細菌とメンタルヘルス 乳酸菌がストレス緩和にも効果

高論卓説

 ヨーグルトや乳酸菌飲料が並ぶスーパーの棚が、日に日に広がっているように見える。近年、腸内細菌が心身の健康に与える影響が次々と明らかになり、消費者の関心が高まっているせいだろう。

 「脳腸相関」という言葉は既に1880年代から提唱されていたそうであるが、最近になって、膨大な腸内細菌の集まりである腸内細菌叢(そう)が内分泌系、脳神経系、さらには私たちの感情や行動にまで影響を及ぼすことが報告され始め、改めて腸内細菌と脳の発達や機能との関係がクローズアップされている。

 11月4日、東京・新橋のヤクルトホールで開かれたシンポジウム「腸内フローラとメンタルヘルス」(主催・ヤクルト・バイオサイエンス研究財団)を聴講した。550の客席に座りきれないほどの盛況ぶりで、関心の高さを実感した。

 国内外から7人の専門家が講演。動物実験のみならず、ヒトを対象にした研究でいくつかの目覚ましい成果が報告された。

 徳島大学大学院医歯薬学研究部の西田憲生准教授は、乳酸菌シロタ株(LcS)によるストレス反応の緩和作用について調べた。

 独自に確立した医学部学生(4年生)の進級試験ストレスモデルを用いて、2012年から14年に進級試験を受けた140人をLcS含有飲料群(70人)とプラセボ群(70人)に分け、試験8週間前から毎日飲んでもらった。

 すると、LcS摂取群では、試験のストレスによる腹痛や頭痛、全身の倦怠(けんたい)感といった体調不良の頻度が低下した。また、試験直前には、唾液(だえき)中のコルチゾールの上昇が抑えられた。

 これらの結果から、「ストレスによる身体症状の出現をLcS含有の乳酸菌飲料の摂取により予防・緩和できる可能性が示唆された」と、西田准教授。ストレスの指標(バイオマーカー)であるコルチゾールの上昇や遺伝子発現の変化も抑制していたことから、「整腸作用のみならず身体のストレス応答反応を緩和している可能性」もあるという。

 一方、国立精神・神経医療研究センター神経研究所疾病研究第三部の功刀浩部長らが、鬱病患者(43人)に行った腸内細菌叢の解析では、健常者(57人)に比べ、ビフィズス菌やラクトバチルスが少ないことが分かった。

 それぞれの菌について一定の閾値(しきいち)を設定すると、患者では両菌において閾値未満の頻度が高く、鬱病のリスク因子になることが分かった。また、ヨーグルトなどの摂取量が少ない人は、ビフィズス菌が少ないことも観察された。

 さらに、イランの鬱病患者を対象とした研究では、ラクトバチルスやビフィズス菌を含むプロバイオティクス製品を8週間取った群(20人)とプラセボ群(同)とを比べたところ、プロバイオティクス摂取群は鬱病の症状改善度が高かった。また、耐糖能の指標なども改善していたという。

 こうしたことから、「鬱病がラクトバチルスやビフィズス菌の低下と関連することを支持する所見」が得られたと功刀部長。今後、鬱病患者を対象としたプロバイオティクスによる臨床試験が増えるだろうという。

 ほかに、パーキンソン病、脳代謝などとの関係についての研究が、ポーランドや米国の研究者から発表された。研究のさらなる進展に期待したい。

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【プロフィル】東嶋和子 

 とうじま・わこ 科学ジャーナリスト、筑波大・青山学院大非常勤講師、筑波大卒。米国カンザス大留学。読売新聞記者を経て独立。著書に「人体再生に挑む」(講談社)、『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文藝春秋)など。