【書評】『習近平の悲劇』矢板明夫著 国内では権力闘争、国外では世界から反発

 
『習近平の悲劇』矢板明夫著

 この本は単なる習近平論ではない。過去のカリスマ指導者と比較して実力・実績において劣る「習近平」を、かつての毛沢東やトウ小平のように持ち上げようとする、中国内の権力闘争とメディア統制を生々しく描き出した好著だ。

 著者の矢板明夫氏は、日本人在留孤児2世として身に付けたネーティブの中国語を駆使。産経新聞特派員として北京で2007年から16年末まで取材してきた。

 本書には、厳しい言論統制下で聞き出した多くの中国人の正直な証言がちりばめられている。しかもかつての文化大革命で吹き荒れた「狂気」の毛沢東崇拝と対比して、習近平の個人崇拝による体制強化と今後の行方を示唆し、日本の戦略を再考させ、具体的な提言もするタイムリーな「対中戦略本」でもある。

 折しも2017年12月、米国のトランプ政権は国家安全保障戦略を発表して、中国への警戒をあらわにした。「中国とロシアは米国の安全と繁栄を侵食することで、われわれのパワー、影響力、利益に挑戦している」という直截(ちょくせつ)的な表現は過去のどの政権も使わなかったものだ。しかも同文書は「『中国との関係構築の結果、中国は国際ルールを尊重する善意のアクターになる』という米国のこれまでの中国観の前提に再考を迫るものだ」とまで警告している。

 本書は、トランプ政権が警告する中国の本質を、習近平体制を確立するための権力闘争の過程に着目して描く。それは逆説的だが、習近平自身のカリスマ性、実績・実力不足、それゆえの「反腐敗闘争」と「メディアコントロール」という政治的意図を表す。

 対外政策でも、意図的に「韜光養晦(とうこうようかい)」という低姿勢外交からの脱却を目指し、米国のみならず世界からの反発に直面していると著者は指摘。しかも米中の対決シナリオだけでなく、「裏の米中関係」による日本の頭越しのディール(取引)にも注意を喚起する。

 このあたり、著者が米中関係に深い理解があることを物語る。実に、評者が矢板氏に出会ったのも北京ではなくワシントンDCであったのだ。(産経新聞出版・1300円+税) 評・渡部恒雄(笹川平和財団上席研究員)