「学習力」で新時代のキャリアアップを! 経営者JP・井上代表に聞く
SankeiBizは28日、サイトをリニューアルしました。「仕事・キャリア」「自分磨き」をテーマにビジネスパーソンらを応援していきます。サイト刷新を記念し、昨秋スタートした人気連載【社長を目指す方程式】の筆者で経営幹部層に特化した人材紹介・コンサルティングサービス会社「経営者JP」代表の井上和幸さんに編集部が特別インタビューを行いました。「ポスト平成」の新時代に向けて、ビジネスパーソンのキャリアアップや働き方改革について、たっぷりとうかがいました。(SankeiBiz編集長 柿内公輔)
――今年は間もなく元号が変わり、翌年には東京五輪も控え、日本全体が新時代到来のムードに包まれています。仕事・キャリアや人材サービスではどんな潮流を予想しますか
「別に元号が変わったからといって昨日と今日でがらっと何かが変わるわけではありませんが、こうした大きな節目というものは結構大事だと思います。“予兆”がここのところかなりあると思うんですね。AI(人工知能)とか、自動運転とか、無人化とか。他の産業でもいろんな構造変化が起きていると思いますし。ビジネスのスタイルでもたとえば売り切り型が(継続的な課金の)サブスクリプション型になっていったり、こうした変化が全業種で起こっていると思う。人材ビジネスに携わっている者としては採用においても象徴的なことが多く起きると感じています。例えば幹部、中堅世代を含めたミドルを採用しようというときに、『経験重視』ってよく言いますよね。当然経験は今後も大事なのですけれども、この変革の時代に、これからで言いますと経験の仇(あだ)のほうが大きいと思うんです。採用側の経営者や人事の方はこれまでの成功体験を経歴から見て評価・期待されますが、でも、これからの時代、その成功体験をそのままやったら逆に失敗するんじゃないかと」
「僕は昔、ファーストリテイリングさん(以降、FRさん)の新卒採用のお手伝いを2000年から4年ほどさせていただいていました。当時FRさんはフリースブームの後、いろんなチャレンジをされてグローバルのほうにも出始めた頃で。そんな当時に、柳井正会長兼社長がおっしゃっていたことが印象深く、いまでも強く記憶に残っています。それは、『アパレル業界出身者は要らない』と。MD(マーチャンダイジング=商品政策)などの専門職はもちろん必要なんですけど、当時のFRさんからみて格上でもあった伝統的なアパレル大手の多くはもう伸びていなくて、次の時代への対応ができていなかった。『そういうところの人が入ってきて昔のやり方をされても困る。だから全然違う業界、逆に伸びている産業とか、次の時代をつくるような人がほしいんだ』とおっしゃっていて。すごくその通りだと思ったんですね」
――これまでうまくやれた人ではなくこれからうまくやれる人ということですね
「僕が一つトリガーとして思うのは『学習力』なんです。今までにとらわれずに、次はどうなんだろうって考えて、学んで試していける力が大事です。グーグルで人事トップだったラズロ・ボック氏が著書で、ある小売り業者の幹部との対談を振り返っています。業態も在籍する人材も違う。グーグルは博士号を持った人材がごろごろいて、一方は高卒とかの地元の人たち。対談して違いが浮き彫りになるだろうと思ったら、大事にしていることは全部一緒だったというんです。社員の活かし方とか教育とか。グーグルがキーワードに挙げているのが『ラーニングアニマル』で、貪欲に知識なり経験を、興味関心をもって新しいことを学んでいく人材が大事だと。採用の際に、経験をまったく見なくていいとは思いませんが、経験だけみて採るのはどうかなとも思うんです。極論すれば、過去の実績を全部捨ててでも、新しいことを学べそうな人が、僕はこれからの時代、シニアクラスでも非常に大事だと思っています」
――産業構造、需要、消費者のニーズ自体の変化も影響しているのでしょうか
「そうです。実は世の中のほうが変わっていっている。同じ業界でやっているにしてもこれまでやってきたやり方を繰り返すのが正解ということはかなり少ないと思う。トヨタ自動車さんだって今みたいな形でクルマを売るのではもうダメだと思っている訳でしょう。だから豊田章男社長も『モビリティ・サービス・カンパニーを目指す』と宣言されたんです。これからは自分たちが作って貸していくようなモデルに10年ぐらいで一気にいくと思うんです。これまでのように僕らがディーラーに行っていろいろ試してみてこの車を買いますというモデルから、トヨタ自体の店舗やトヨタが納入している先で今日はどの車がいいかなとか言って借りて乗るみたいなサービススタイルに変わっていくんでしょうね」
「音楽だってもともとはレコード、CDというパッケージ売りだったものを、(アップル創業者の)スティーブ・ジョブズがまずアルバムをばらして単品売りに変えた(※携帯音楽プレーヤー『iPod』の登場)。個人的にはアルバムとかライナーノーツにはいまだに愛着やこだわりはあるんですけど(笑)、その後ブロードバンド、3G、4Gの普及と共に、今や聞き放題が当たり前ですよね。だからいかに再生されるか、仕掛けていくのがアーティストの仕事だったり、音楽会社もいかにいろんなところで検索して聴いてもらうかというのがビジネスだったりする。今までは曲を買ってもらうためにプロモーション用に楽曲提供して番組や店先で掛けるのを許可するといったかたちが、まったく構造が逆転している。ほんとにどのビジネスも、これまでの売り切り型とそのためのプロモーションというかたちから逆転して、込み込み使い放題なので定額一括を一定頻度(月額など)で払ってくださいというかたちにどんどん移行しています」
――政府が音頭をとる格好で始まったばかりの「働き方改革」ですが、今後の展開をどうみますか。課題はありますか
「日本国民が『一億総活躍』をするための改革だと首相官邸のホームページに書いてあります。やっぱり労働力人口の減少というのがポイント。それで解決策として出ているのが、働き手を増やすことと、出生率を上げること。今の働き手を増やすというのは女性、高齢者、外国人(の活用)ですよね。あと生産性ですね。ただ、働き手うんぬんというのをちょっと置いておいて、そもそも、どうすれば国力アップするのかということを考えればいいと思うんですね。働き方改革の前に、国力をまず上げたいわけじゃないですか。僕はAIと国民の両方を使わなきゃだめだと思っています」
――AIをめぐっては、どこまで仕事を委ねられるか、人間の雇用を奪うのではといった懸念も聞かれます
「僕らもこの100年、200年、(機械から)いろんな便益を受けて暮らすようになっていて便利になっています。その延長だと思うんですよね。AIを研究している人を何人か知っていますが、彼らが言うには、日本はチャンスだと。労働力が減るので、そのアシストが実需的に必要だと。グーグルの話をまたしますが、いまのAIブームの以前から、もともと拠点として日本をすごく重視していました。(グーグル元副社長で日本法人社長も務めた)村上憲郎さんに十数年前に聞いたんですけど、その当時、日本にはAI系の技術者、研究者がすごく多いんだ、と。その資産があったのに、この5年くらいの動きでもしかしたら米中などに抜き去られてしまっているかもしれない。プログラミング教育とか始まりますけど、もっとそっちのほうに光を当てたほうがいいんじゃないかな」
――AI周辺で新たな雇用も生まれると期待する声もあります
「やっぱり高度技術者、付加価値のある国民を投資して増やしましょうということです。あと、『時間管理』を言い過ぎですよ。もちろんうちの会社も過剰労働は嫌いですし、長時間労働が続くと結局は疲労蓄積で生産性が落ちますからね。でも、健康管理とか健康支援とかすごく大事なんですけど、よく僕ら人材サービス系の人間で話すんですけど、社員ってすごく働きたいって気持ちがあるわけですよ。なんか若い時はやりつくしてみたい、というか(笑)。それを結構弱めている気がして。単なる時間短縮とか、有休をとりなさいとか。社員が働きたいとか、自分のスキルを極めたいとか、そういう気持ちを解き放つようなもの(施策)が本当は働き方改革にあってほしいですね」
――そうすれば長時間働いた人も報われますね
「ちょっと思ったのが、トップアスリートのトレーニングなんですね。昔のトレーニングはまさしくブラック企業の働き方みたいで、寝ずにとにかく素振りするみたいな感じだった(笑)。でも今は、すごく科学的になっていて、徹底的にやるけれども、運動生理学的にとか人体の骨格構造的に見て、どのような運動機能を向上させたいからどの部分にどのような負荷と頻度を掛けるべきかとか、体を壊してはだめだから過重負荷にならないようにどのくらいのトレーニング頻度が適切かを考えてやっている。ホワイトカラーの働き方も同じようにしたほうがいいと思うんです。適切な業務負荷を与え、その中で欠けているものをOJT(日常業務のなかで行う教育訓練)、OFF-JT(通常の仕事を一時的に離れて行う教育訓練)でトレーニングしていく。最も望ましい業務上のパフォーマンスを発揮できるような業務負荷と休息のペースや頻度を管理する、とか。こうした観点からの、望ましい研修とか教育、働き方のペースや業務時間を明らかにしていくべきだと思うんですよね」
――ビジネスパーソン自身はキャリアアップのため、より良い仕事をしていくために何を意識して行動していくべきでしょうか
「最初に話した『これからうまくやれる人になる』ということですね。現状としては必ずしも次の時代の成功法とか次の時代の新しいものはこういうものですよってパターンが見えているわけじゃないですよね。なので、キャリアアップのためには、いろいろな物事と「出会う力」を持った方がいいと思う。出会うというのは、人もそうだし、情報とかもそう。出会うにはどうすればいいかというと、自分が動くということとオープンマインド。じっとして降ってきてくれることもあるけど、基本的には自分のほうからいろんな所に出ていくということ。もちろんネットでもいいのでいろんな情報に触れる。そういうことが一番大事だと思います」
「『プランド・ハップンスタンス・セオリー』(計画的偶発性理論)というのがあります。スタンフォード大学のクランボルツ教授らが提唱したキャリア形成に関する理論です(※個人のキャリアの8割は予想しない偶発的なことによって決定されるが、その偶然をできるだけ計画的に発生させてキャリアを良いものにしようという考え方)。先ほど述べたような行動をとっていると、あら不思議、運命の人と出会ったり、自分の天職に巡り合ったり。やや神秘めいていますが、ちゃんと実証的な心理学として研究されていて、これは本当だと思うんです。そのプランド・ハップンスタンスを起こすために、クランボルツは、『好奇心』『楽観性』『柔軟性』『持続性』『リスクテーク』の5つを挙げています。いろいろ興味関心を持って、前向きに柔軟にいろんなものに触れていく、そういう行動を続けるということだと思うんです。あとやっぱり物おじしないチャレンジしてみるということだと思うんですよね」
――SankeiBizの連載で今後訴えていきたいことは
「『方程式』とつけさせて頂いているので、何か読者の皆さん、読者層として僕はミドル、シニア層を意識していますけど、中堅世代の方である程度責任があるような読者の方々に、いろんな角度から仕事上をベースに、楽しくうまくやっていって頂く方法をお伝えしていければと思います。あと僕らの会社(経営者JP)の大義でもあるのですが、様々な分野で活躍して頂ける志高いリーダーを増やすのが僕らの使命ですので、その一助になるように情報をお伝えしたいなと思っています」
――リニューアルするSankeiBizは「仕事・キャリア」「自分磨き」を主なキーワードに情報発信していきます。何かリクエストがありましたら
「日本を支えるコア世代の方々が読者なので、そういう方々が毎日SankeiBizに触れて、それで啓発されて頑張ろうって思われるといいですね。注文ではないですけれど、こういうご時世ですから、読者の方々がSankeiBizの情報に触れてもらうことがまず基本でありながら、インタラクション(双方向の作用)も大事な気がします。読者が情報を出せるとか交流できるとかそういうことを求めているのではないかと思います」
◇ ◇
井上さんに、ビジネスパーソンが今読むべきおすすめのビジネス書を2冊(自薦、他薦)挙げてもらいました。
・『30代最後の転職を成功させる方法』(著:井上和幸/かんき出版)
書籍タイトルは「30代最後の」となっていますが、中身は「30代からの」転職・キャリアについて、具体的な処方箋をご紹介しています。転職を具体的に考えてらっしゃる方はもちろん、特に転職は考えていない方でも、キャリアや仕事の仕方について具体的なヒントを得て頂けると思います。2015年発刊ですが、「70歳定年時代がやってくる! 社会人人生50年時代をどう進むか」という導入章を書きました。それから4年、図らずも実際にその前提が現実のものとなりつつあります。
・『暇と退屈の倫理学 増補新版』(著:國分功一郎/太田出版)
これからのビジネスパーソンにとって大事なのは哲学、心理学(認知心理学や行動経済学など)。AIなどで働き方や生活が大きく変化するこれからこそ、人間の本質的な思考回路や根本心理、行動パターンなどを熟知していることが重要。本書は「私たちはなぜ暇を嫌うのか」「暇で退屈だと、ろくでもないことをしがちなのか」について軽妙なエピソードも交えて分かりやすく面白く解き明かしてくれる一冊。良くも悪くも、私たちはこの「暇と退屈を嫌う」人間心理を突くビジネスを行っているのだと理解できます。
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