退職金をどのようにもらうと得するのか―。企業の退職金制度が複雑になる中、このような相談を受けることが多いです。また、最近は、会社の制度とは別にiDeCo(イデコ:個人型確定拠出年金)に加入する人も増えてきました。会社の退職金と合わせて、iDeCoをどのように受け取るのかを考えるとさらに複雑になります。(ファイナンシャルプランナー・平野泰嗣)
そこで今回はまず、退職後のマネープランのベースとなる会社の退職金の受け取り方について、どのようにしたら有利になるかを解説します。
自由度が増す退職金制度
「65歳定年で退職一時金2000万円」のように、退職金の受け取り方に選択肢がないのであれば迷うことはありませんが、最近は、(1)全額一時金で受け取るか、(2)分割して年金で受け取るか、あるいは(3)併用するか…など、受け取り方の自由度が高い退職金制度が増えてきました。
単純に考えれば、一定の予定利率による利息(運用益)が加算され、受取総額が最も多くなる年金での受け取りが有利と思うでしょう。しかし退職金は、一時金か年金かによって所得の種類(税務上の扱い方)が異なり、その所得の種類によってかかる税金・社会保険料も異なるので、単純に受取総額の額面だけで有利・不利が決まるわけではありません。
端的にいうと、年金の場合には税金と社会保険料がかかりますが、一時金の場合には社会保険料がかかりません。そこが一時金と年金の大きな違いです。
では、それぞれの税金・社会保険料がどのように発生するのか見ていきましょう。
退職金を「一時金」で受け取った場合の税金は?
退職金を一時金で受け取った場合、「退職所得」として扱われます。(※在職中に受け取る賃金や賞与などは「給与所得」です。)退職所得は、勤続年数によって退職所得控除が受けられます。
控除額の計算方法は次のとおりです。
退職所得にかかる所得税は、原則として他の所得と分離して所得ごとの税率に基づいて所得税額を計算します。なお、東日本大震災の復興施策の財源確保を目的として復興特別所得税(所得税額の2.1%)が別途課税されます。住民税は、退職所得(所得税と同様の計算方法)に対して、一律10%です。
一時金は控除の範囲内であれば非課税 超えても1/2課税
先の表「退職所得控除額の計算」に沿って計算すると、勤続年数が30年の場合、退職所得控除額は1500万円です。つまり、1500万円までは税金がかからないということになります。
退職金を一時金で受け取る場合の最大のメリットは、「退職所得控除の範囲内であれば税金がかからない」ということです。
退職一時金の受取額が退職所得控除額を超えた場合でも、課税対象となる退職所得金額は受取額の1/2として税金が計算されるのでかなり有利になっています。
退職金を「年金」で受け取った場合の税金・社会保険料は?
一時金とは異なり、退職金を分割して年金で受け取ると、継続的な収入とみなされ、公的年金などと同様に「雑所得」として扱われます。雑所得は収入から必要経費を差し引いて計算します。国民年金や厚生年金などの公的年金などを受け取った場合は、その所得が「公的年金等に係る雑所得」として扱われ、受取金額から公的年金控除を差し引いて税金を計算できます。
公的年金等控除額は、受給者の年齢が65歳以上かどうかで異なります。公的年金などの収入が65歳未満の場合は70万円以下、65歳以上の場合は120万円以下であれば、表「公的年金等に係る雑所得の速算表」のとおり、雑所得額が0円とみなされ、所得税・住民税は非課税になります。会社の退職金を年金形式で受け取る場合は、一定の条件を満たせば、公的年金等控除が適用されます。
ただし! 年金は公的年金と合算される
ただし、ここで注意してほしいことがあります。退職金を年金で受け取る場合、国民年金や厚生年金などの公的年金と合算して「公的年金等にかかる雑所得」の金額を計算します。会社員であった男性が65歳に受給している厚生年金額はおよそ210万円と言われています。非課税となる120万円はすでに超えているため、65歳以上の人が退職金を年金で受け取る場合、一般的には公的年金控除を十分に活用できず、所得税・住民税がかかることになります。
社会保険料にも影響を与える
また、退職金を年金で受け取った場合、国民健康保険料や介護保険料などの「社会保険料」にも影響を与えます。
国民健康保険料は、所得に応じて課税される「所得割」と加入する世帯の人数に応じて課税される「均等割」で構成されます。所得割を計算する時の所得には、不動産所得・事業所得・給与所得・雑所得・一時所得などが含まれます。つまり、退職金を年金で受け取る場合は、このうちの雑所得に該当するので、雑所得が増えた分だけ、国民健康保険料が高くなるのです。(なお、一時金で受け取る場合は退職所得として扱われるため、国民健康保険料や介護保険料に影響を与えません。)
国民健康保険料の所得割料率は、各市区町村によって異なりますが、おおよそ10%です(例:東京23区、医療分7.32%、後期高齢者支援金分2.22%)。
また、一般的に介護保険料も所得区分に応じて決まり、所得区分が上がると、介護保険料も高くなります。
このように、退職金を年金で受け取る場合には雑所得が増えることになるため、社会保険料への影響も考慮に入れましょう。
一時金と年金の比較まとめ
退職金は、一時金なら退職所得、年金なら雑所得として扱われ、それによって税金や社会保険料の影響が異なることを見てきました。
一概には言えませんが、税金・社会保険料を加味すると、一時金よりも年金の方が不利になるケースが多いです。
次は、30年間勤務し、65歳で退職金2000万円をもらえる予定のAさんのケースで考えてみましょう。
「30年間勤務し65歳で退職金2000万円」のAさん
Aさんは、35歳の時に現在の会社に転職し65歳に定年退職を予定しています。退職金は、65歳時に一時金でもらった場合は2000万円。そのうち、一部を年金で受け取ることもできます。勤続年数が30年の場合、退職所得控除が1500万円なので、500万円について、一時金でもらうべきか、年金でもらうべきか迷っています。
Aさんの会社では、退職金500万円を年金でもらう場合、毎年27.5万円を20年間、合計550万円受け取ることができます。
退職金全額を一時金で受け取った場合と、一時金と年金を併用した場合の税金・社会保険料の負担を比較してみました。
退職金2000万円を一時金でもらった場合の税金は約40.6万円。年金にして毎年27.5万円を20年間受け取った場合の税金・社会保険料は約129.3万円でした。
さらに、手取りベースで考えると、次のようになります。
手取り額は、一時金で受け取ると約1959万円、年金で受け取ると約1920万円です。Aさんのケースでは、退職金をすべて一時金で受け取った方が有利という結果になりました。
一時金・年金の有利・不利は手取りベースで考える
これまで見てきたとおり、退職金は、同じ受け取り方であっても、個々の条件によって手取り額が大きく変わるのです。実際にどのような受け取り方が有利かということも個々の条件によって変わります。退職金は一度受け取り方を決めると後戻りはできません。後になって後悔しないように、じっくり検討する必要があります。
次回は、会社の退職金と合わせて、iDeCoをどのように受け取るのかを考えるケースを見ていきます。これも一時金と年金の選択を同時に検討する必要があります。
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