日本のどこかで数日だけ開店するプレミアムな野外レストランがあるという。その名も「DINING OUT(ダイニングアウト)」。今回の舞台は16回目にして東北初開催となる青森県の浅虫温泉。7月某日、40名の参加者たちはこの日のスケジュールを一切知らされないまま青森空港に到着した。「このあと、どこでどんな体験が待っているのだろうか」-。期待と緊張が交錯する中、迎えの車に乗り込んだ。(文・大竹信生/SankeiBiz編集部)
青森のアート精神をめぐる旅
「緑が青々として色鮮やかですね。だから『青森』っていうんですかね…?」
後席の窓から自然豊かな景色を眺めながら、青森県出身の運転手さんと会話を楽しむこと約30分。送迎車が、真っ白いモダンな建物の裏手にある車寄せに停車した。そこにはすでに、シャンパングラスを片手に談笑する先客の姿がある。その後も続々と車が乗りつけては、様々な装いの男女を降ろしていく。気づけば20台超のレクサスが駐車場を占拠するという、何とも圧巻の光景が広がっていた。
ここは青森市内に2006年にオープンした青森県立美術館。実は筆者は午前中から八甲田山周辺でドライブを楽しんだ後に、浅虫温泉のホテルから美術館までレクサスで送ってもらったのだが、ここに集まった大半のゲストは、青森空港から送迎車に乗ってレセプション会場となる美術館までやって来たのだ。
我々を出迎えてくれたのは、今回のダイニングアウトのホスト役で米国出身の東洋文化研究家、アレックス・カー氏。彼のウエルカムスピーチに耳を傾け、乾杯を終えると、一行は美術館の中へと案内された。
なぜ食を楽しむイベントで芸術鑑賞をするのか-。その理由は、今回のダイニングアウトが「Journey of Aomori Artistic Soul」というテーマを設定しているからだ。青森県は日本を代表する版画家の棟方志功、小説家の太宰治、写真家の小島一郎、画家の奈良美智など、多くの芸術家を輩出している。私たちは、この土地に宿る独特の芸術的感性に触れる旅に招待されたのだ。そんな旅の始まりを正式に告げる場として、大小さまざまな作品を所蔵する県立美術館を選んだのも頷ける。
ここには棟方志功や奈良美智の作品はもちろん、マルク・シャガールの「アレコ」全4作品を展示するなど、ジャンルを超えた個性的な展示物で来場者の目を楽しませる。個人的にはライトアップされたガラス工芸から放たれるカラフルな光線に圧倒され、目が釘付けになった。そして恥ずかしながら「この作品でいくらぐらいするのだろう」と思わず値札が付いていないか確認してしまった。
ほどよく感性を刺激されると、再び送迎車に乗り込んだ。次の目的地はいよいよ、浅虫温泉の“どこか”で我々の到着を待っているディナー会場のようだ。一体どのような場所なのだろうか-。心地よい波音が漂う浜辺、ランタンの明かりが点々と燈るキャンプ場、はたまた高級老舗旅館の屋上…。勝手な想像で描いた会場のイメージが、頭の中をスライドする。
絶景を前に極上の魚介フレンチを味わう
レクサスによる送迎はなかなか贅沢だ。静謐なキャビン、上質な乗り心地、縞杢(しまもく)に代表される匠の技で仕上げた装飾など、品質の高さやモノづくりに対する拘りがさりげなく伝わってくる。40名の参加者をラグジュアリーな空間でもてなしながら、要人の警護車列さながら、長い隊列を組んで目的地へと向かうレクサスの大群は極めて“異様な光景”でもある。
30分ほど走ると波風のない穏やかな海が見えてきた。海面すれすれに浮く夕日が線香花火のように美しい。それもあと数分で、海の中にジュっと音を立てて消えてしまいそうだ。橙色のグラデーションに心を洗われているうちに、幹線道路を外れた車列が小ぢんまりとした門の前に停車し、次々とゲストを降ろし始めた。どうやらここが最終目的地のようだ。柱には「陸奥護国寺」と書いてある。門をくぐり、その奥に続く石畳の階段と坂道をしばらく上がると、寺の入り口でピシッと正装したスタッフたちに笑顔で迎えられた。「ようこそ、ダイニングアウトへ」-。
境内を横切り、奥のダイニングスペースに通されると、そこには純白のクロスを纏ったテーブルとチェアがきれいに並べられている。名前を告げて一番奥のテーブルに案内されると、着席するのも忘れて目の前の光景にしばし釘付けになった。
斜陽が差し込む煌びやかな浅虫の海と、ゾウガメのような独特でどこか神秘的な形をした湯ノ島を目の当たりにし、自然が織りなす壮麗なランドスケープに息をのむ。この絶景と出会えただけでも正直、イベントに参加する価値が十分にあると思えるほどに感動的な瞬間だ。
ただ、筆者が今回のダイニングアウトに参加したかった理由は、これから始まるディナーに強い関心と期待があったからだ。東京・代官山の人気魚介フレンチレストラン「abysse(アビス)」のオーナーシェフ、目黒浩太郎氏の料理を是非とも食べてみたかったのだ。数年前に目黒シェフを追ったテレビ番組を観てから、若くしてミシュラン星を獲得した彼の魚介料理を味わってみたいとずっと思っていた。そして今回、ダイニングアウトで彼が腕を振るうことを事前に聞いていたのだ。
目黒シェフが使う食材はここ青森で仕入れた魚介類が中心だ。陸奥湾で獲れたホヤやフジツボ、カワハギやアイナメを使ったタルトやソーセージ。想像力豊かな8品のアミューズがテンポよく運ばれてきた。海の幸はどれも香ばしい。食べやすい一口サイズだからか、なかなか濃厚な味に仕立てているのが印象的だ。
コースの合間のサプライズ…非日常を愉しむ
アミューズのあとに、ちょっとしたサプライズがあった。棟方志功が手掛けた浅虫温泉の観光ポスターが披露されたのだ。県立美術館にも同じ作品が展示してあったのだが、ディナーで披露されたのは立派な額に収められた大きな原画だ。青い空、紺碧の海、そして濃緑(こみどり)に塗られた湯ノ島の存在感が一段と力強い。ゲストとして招かれた孫の石井頼子さんから棟方志功との思い出話を聞くこともできた。アートと地元青森に対する思いは人一倍強かったようだ。
やがてディナーはメインコースへと移った。こちらも「とにかくたくさんの食材を味わってほしい」との目黒シェフの願いから、小さいポーションの料理が次々と運ばれてくる。
それなりに世界を旅した経験があるが、この日振る舞われた料理はどれも、これまで味わったことのないものばかりだ。例えばジャガイモのニョッキに生ハムを添えて、陸奥湾で取れたスルメイカを塩辛にして和えた一皿。まず、これら食材を組み合わせるその発想力に驚かされたが、ひとたび口に運べば主張の強い食材たちがしっとり上品に解け合うのだ。
3日ほど寝かせたイシナギはゼラチン質が豊富で美味。カリカリの皮も香ばしい。わざわざ八甲田山まで取りに行ったという根曲がり竹のソテーを添えるこだわりようだ。マグロの中トロは表面をグリエしており、黒ニンニクとキャラメリゼした玉ねぎから作った甘くて香ばしいペーストを添えている。締めのリゾットも厚みのあるアワビの歯ごたえが何とも贅沢。肝と焦がしバターを合わせた濃厚ソースがリゾットの風味を引き立てる。目黒シェフの自由でときに突飛なオリジナリティーに溢れるメニューをじっくりと堪能することができた。
青森の美食を満喫する我々にさらなるサプライズが用意されていた。合図とともに照明が落とされると辺り一面が暗転し、スタッフの動きが止まると、突如の静寂に包まれた。やがて眼が暗闇に慣れてくると、頭上に満天の星空が現れたのだ。
「こんなに美しい空を東京では見ることはないなぁ…」
すると突然、海から一筋の光がスーッと上がった。
ヒュルヒュル~~~。パァァァーーーーーン!!!
なんと、湯ノ島から夜空に向かって大きな花火が打ち上げられたのだ。しかも何発も…。
「えっ、もしかしてウチらのために上がってる?」
そう、これは町の夏祭りでも何でもない。ダイニングアウトに参加した40名のゲストのために、湯ノ島から大玉が立て続けに打ち上げられているのだ。
「町の人々は知っているのだろうか? いまごろ何事かとビックリしてんじゃない…?」
こんな贅沢なことがあるのかと、実際に目の前で起きている光景に仰天してしまった。これは町を挙げての一大イベントなのだ。そのスケールの大きさに鳥肌すら立った。
赤、緑、紫…。花火の明かりに照らされ闇夜に浮かび上がる湯ノ島のシルエット。絵の具を引き延ばしたかのように様々な色に染まる海面。先ほど見た棟方志功の作品そのままだ。青森開催のダイニングアウトの最後を飾るにふさわしいフィナーレ。彼が描いた浅虫の美質を盛大な花火とともに、大きな夜空に再現して見せたのだ。
ダイニングアウトの価値
それにしてもなぜ、地域と手を取り合いこのようなイベントをやっているのか…。そもそもダイニングアウトとは、日本各地で野外レストランを開催する「ONESTORY」が主催する地方創生プロジェクトの一つ。出色の一流シェフやクリエイター、意思のある地元の人々が手をつなぎ、その土地ならではの新しい魅力を編集して、野外レストランという形で発信している。1回目を2012年に新潟の佐渡で開催してから、彼らなりのやり方で継続的な地域活性を実現してきたのだ。
このイベントを通じて感じることは、参加者それぞれ違うかもしれない。筆者にとってのダイニングアウトの価値とは、「唯一無二の経験」だということだ。今後、この風光明媚な浅虫の町を高台から眺めながら目黒シェフの食事に舌鼓を打ち、自分たちのために花火が打ち上がるというドラマのような体験が、完全に同じ形で再現されることはないだろう。しかも、この日の料理は今回だけの特別メニューで、すべてが一期一会の作品だったのだ。「abysse」に行っても二度と食べることができないからこそ、本当に「プレミアムな野外レストラン」なのだ。
もちろん出演者にとっても貴重な経験だ。今回のイベントに三顧の礼で迎えられた目黒シェフは、ダイニングアウトについて「ずっとやりたいと思っていた。これは自分の人生を変えるぐらいの経験。(寺院の台所という)限られた設備と環境にアジャストする能力、様々なイレギュラーに対応する能力、チームをまとめる能力など、シェフとして総合力が問われる。自分が成長できる場所だと分かっていた」と参加する意義を熱く語っていたのがとても印象的だった。
目黒シェフが中心となり陸奥湾の食材を使って描いた食のアート。地元スタッフの総力を結集して実現した美術館ツアーや花火の演出。そのどれもが五感を呼び覚ます感動の体験だった。これらすべての時間が「青森の芸術」という大きなテーマのもと、パズルのピースのごとく繋がることで、まさに一つの物語=「ONESTORY」となって完結したのだ。
レストランはもう消えてしまったが、浅虫で触れた一期一会の経験はすべて心に刻まれている。深い旅情は美しい思い出となり、これからも心の中で滔々と流れ続けるだろう。
■目黒浩太郎
フレンチレストラン「abysse」オーナーシェフ。1985年、神奈川県生まれ。祖父は和食の料理人、母は栄養士という環境の中で自然と料理人を志す。服部栄養専門学校を卒業。都内複数の店で修業後、渡仏。フランス最大の港町マルセイユのミシュラン三ツ星店「Le Petit Nice」へ入店し、魚介に特化した素材の扱いやフランス料理の技術を習得。帰国後には日本を代表する名店「カンテサンス」にて、ガストロノミーの基礎ともなる、食材の最適調理や火入れなどさらに研鑽を積んだ。2015年「abysse」をオープン。日本で獲れる世界トップクラスの魚介類を使用し、魚介に特化したフランス料理を提供、ミシュラン東京では一つ星を獲得している。国内外から今最も注目を集めている料理人の一人である。
■ダイニングアウトの今後の開催予定や申し込みは、ONESTORYやレクサスのホームページから確認できます。