“センチュリーの世界”がある
トヨタの高級車、センチュリーにフルモデルチェンジが施され、3代目となったのが2018年6月のこと。あれから1年以上の月日が流れた。
その間、試乗する機会に恵まれなかった。メーカーが試乗会を開催しなかったことも理由のひとつだが、かといって独自に借り受けることもままならなかった。センチュリーを公用車とする企業に試乗依頼をするわけにもいかなかったし、個人所有の知人を持たない。そんなことでようやく試乗することになったのが今なのである。
それにしても、期待どおり“センチュリーの世界”がそこにあった。庶民の感覚を超越してはいる。だが、高貴な世界はおそらくこうなのだろうと想像するのは楽しい。
初代センチュリーが誕生したのは1967年のことだ。天皇皇族が乗るための御料車として開発された。それが大企業が公用車として使われるようになり、今では日本を代表するショーファードリブンの筆頭に君臨している。基本的にはVIPが後席でくつろぐことを最優先に開発されている。
新型に搭載されるエンジンはV型8気筒5リッターハイブリッドシステムである。最高出力は381ps、最大トルクは510Nmを発生する。かつては高貴の象徴であるV型12気筒エンジンを搭載していた。マルチシリンダーゆえの振動のなさが特徴であり、まさに後席の居住空間を快適にするには理想のユニットだった。
ドアの開閉だけで感動
だが、V型8気筒でも、快適性は見劣りしない。電気モーターの無音無振動スタートは、快適でないわけがない。スムーズな発進加速は、まさに後席でくつろぐVIPに喜ばれるにちがいない。
とにかく、滑らかである。例えば乗り込む時に既に、ドアの開け閉めのその感覚が滑らかなのである、ドアノブを引く、その引き心地が、一般的に語られる高級モデルを嘲笑うかのごときレベルに達している。小指でスッと引くだけで、軽くドアが開こうとする。それでいてけして軽々しくはない。適度な重厚感を伴ってVIPをエスコートするのである。
ドアの開閉のそのタッチだけにこれほど感動したのは初めてである。ドアラッチとの噛み込みなどが、一台一台丁寧に手作業よってなされている。だからこその閉まり心地であり開け心地なのである。ドアの開け閉めをベルボーイにさせておくのはもったいないとさえ思えた。
そんなだから、静粛性も驚くばかりだ。無音の音響スタジオにいるかのよう。遮音材や発泡材が贅沢に使われているようで、車内はいたって静かなのだ。車内とエンジンルームとの隔壁には、エンジン音を遮断するダッシュサイレンサーが貼り込まれているばかりか、フロアから伝わるノイズをカットするアルファルシートが貼られている。それだけにむしろ、ウインカー作動時の「カチ、カチ、カチ…」が意識させられてしまうほどに静かなのだ。静か過ぎなのではないだろうか…と思えるほど静粛性が高いのである。
価格は2000万円弱
乗り心地も、天にも昇るような気持ちである。路面にビロードを敷き詰めたような…、という手垢のついた言葉にも説得力がある。たしかに、タイヤがアスファルトに接している感覚がないのだ。路面の凹凸を拾うとフワフワとやさしく上下動することで、路面に接していることがわかるだけで、あるいはリニアかエアで浮いているのではないかと錯覚しそうになった。
販売価格は2000万円を切る。これを高いと見るか安いとするのかは財布の中身によるのだが、世界の超高級セダンが軽々と3000万円級のプライスタグを掲げていることを考えれば、相対的にはとても安いとさえ思える。
御料車から派生したセンチュリーは公用車としての立ち位置ですごしてきた。だがこれからは個人のクルマとして認められていくような気がした。
【試乗スケッチ】は、レーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、今話題の興味深いクルマを紹介する試乗コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら。木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【クルマ三昧】はこちらからどうぞ。