【Science View】染色体の形は細胞分化と共にこう変化/光電子を通じた電子の軌道混成状態観測

 
≪図 分化に伴うトポロジカルドメイン(TAD)を単位とするA/Bコンパートメント変化のモデル≫未分化な細胞が分化するとき、特にA/Bコンパートメントの境界に位置する1つ分のTADの核内配置が変わり、それまでとは別のコンパートメントに移動することが1細胞レベルでも観察できた。配置が変わったTAD内部では、配置変化に引き続いて遺伝子発現の変化が引き起こされ、このようなTADが一定以上存在すると細胞分化が決定される可能性が考えられた
平谷伊智朗氏
≪図 β-YbAlB4におけるYb 4f電子の電荷分布と隣接するホウ素とアルミニウム≫aは測定結果から推測される4f電子の電荷分布、bは局在電子モデルにおけるJz=±5/2純状態の場合の4f電子の電荷分布。bの電荷分布は隣接するホウ素の方向に延びていることから、ホウ素に由来する伝導電子と混成してaのように球状に近くなっていると推測される。透明な赤い球はイッテルビウムを表す
久我健太郎氏

 理化学研究所 生命機能科学研究センター 発生エピジェネティクス研究チーム チームリーダー・平谷伊智朗

 ■染色体の形は細胞分化と共にこう変わる

 哺乳類細胞では、染色体の1本1本は、約1Mb(メガベース=100万塩基対)のDNAが球状に折り畳まれた「トポロジカルドメイン(TAD)」と呼ばれる構造が数珠つながりになった形をとっており、複数のTADがさらに空間的にまとまった配置を取っている。この配置は、遺伝子の発現と密接な関わりがあるとされ、遺伝子が転写されやすいTADが集まった空間をAコンパートメント、転写されにくい空間をBコンパートメントと呼ぶ。核内での染色体の形や位置は細胞種によって異なり、細胞分化の際には染色体構造が変化すると考えられるが、TADのようなMbレベルの階層でどのように変化するかは、全く分かっていなかった。

 今回、理研を中心とする共同研究チームは、マウスES細胞の分化に伴う染色体の三次元構造変化を調べ、これがTADを単位とする核内配置の変化(A/Bコンパートメント変化)であることを1細胞レベルで突き止めた。この核内配置の変化は染色体上のさまざまな領域で生じ、その領域の遺伝子発現の活性化とよく対応し、しかも核内配置変化が遺伝子発現の活性化よりも先に起きることも分かった。このことから、染色体の三次元構造変化を調べることで、将来の遺伝子発現変化を予測できる可能性が示された。

 本研究成果は、哺乳類染色体の三次元構造の構築原理に迫るものであり、染色体の構造変化と遺伝子発現制御の統合的な理解にもつながると期待できる。

【プロフィル】平谷伊智朗

 ひらたに・いちろう 2003年東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻博士課程修了(平良眞規研究室)。米国フロリダ州立大(David Gilbert研究室)ポスドク、国立遺伝学研究所(助教)等を経て13年暮れより現職。

 ■コメント=哺乳類染色体の三次元構造の構築原理と発生制御様式を独自の視点で解き明かしたい。

 理化学研究所 放射光科学研究センター 利用システム開発研究部門 物理・化学系ビームライン基盤グループ 軟X線分光利用システム開発チーム 客員研究員・久我健太郎

 ■光電子を通じた電子の軌道混成状態の観測

 例えば「超電導」や「磁性」のような物質の性質の多くは「不完全殻」電子が担っており、不完全殻電子の状態を調べることは物質の性質を理解する上で必須である。ここで、不完全殻とは、原子内における電子軌道(s軌道、p軌道、d軌道、f軌道等がありこれらの軌道を占有できる電子数は決まっている)のうち、原子内で最もエネルギーが高く部分的にしか電子が存在しない軌道のことである。

 今回、理研を中心とした共同研究グループは、大型放射光施設「SPring-8」において、波長が0.3ナノメートル以下の硬X線の電場成分を水平あるいは垂直方向に直線偏光制御し、超伝導体である希土類元素のイッテルビウム(Yb)化合物β-YbAlB4(Al:アルミニウム、B:ホウ素)に当てた際に放出される「光電子」の放出方向やエネルギーを詳細に調べた。この結果、イッテルビウムイオンの不完全殻である4f電子の「波動関数」を精密に決定でき、その空間分布が従来の「局在電子モデル」から予想されるものと大きく異なっていることが分かった。これは、イッテルビウムイオンの4f電子が、ホウ素に由来する伝導電子と強く混成した「軌道混成状態」を形成していることを示している。

 本実験手法が、局在電子モデルが成り立つ希土類化合物だけでなく、原理的には遷移金属を含む局在性の弱い化合物でも適応可能なことを示したことから、今後、脱レアアース磁性材料などの機能性材料の開発が加速すると期待できる。

【プロフィル】久我健太郎

 くが・けんたろう 2011年東京大学新領域創成科学研究科博士後期課程修了、博士(科学)。東京大学物性研究所特任研究員、大阪大学大学院理学研究科特任研究員、理化学研究所特別研究員などを経て、19年4月から豊田工業大学ポストドクトラル研究員と現職を兼任。

 ■コメント=決定困難な軌道混成状態について、光電子分光による決定手法を確立したい。

 ■理化学研究所「第41回科学講演会」

 理化学研究所は11月3日、研究活動を紹介する「第41回科学講演会」を東京・丸の内の丸ビルホールで開催する。

 今回は、小谷元子理事による特別講演に続き、(1)ライフサイエンス研究を支えるバイオリソース事業(2)世界各国の望遠鏡を用いて明らかになってきた星や惑星の誕生過程から分子科学分野へ踏み込んだ融合研究(3)バクテリアの分裂からヒトの遺伝疾患までを繋げる「染色体」の最先端研究などについてご紹介する。このほか、科学の面白さを伝える「科学道100冊2019」展のほか、理研グッズ販売も同時開催する。

 【日時】 2019年11月3日(日・祝)

      講演会 13:30~16:30(13:00開場)

 【場所】 丸ビルホール

      東京都千代田区丸の内2-4-1 丸ビル7階

      http://www.marunouchi-hc.jp /hc-marubiru/access.html

 【参加費】 無料

 【参加方法】 事前申し込み制・先着順(定員400人)

 【プログラム】 http://www.riken.jp/pr/events/events/20191103/

 【問い合わせ】 理化学研究所 広報室

         Tel:048・467・9443(直通)

         E-mail:event-koho@riken.jp