【教育、もうやめませんか】学校はつくれる まずは構想を人に言いふらそう

 

学校ってつくれるんだ…

 「学校を作りたいから一緒に考えてほしい」。2014年9月中旬、メッセンジャーアプリ上で私はかつての同僚であり先輩にあたる衣川に相談を持ちかけた。現Manai Institute of Science and Technology統括ディレクターだ。前後の脈絡なく唐突な声かけに対し衣川は「はい、認可系ですね」「では詳しく話を聞きます」と、こちらが拍子抜けするほど冷静に、最初の打ち合わせの日程と場所の調整を始めた。

 こちらとしては「え? 野村さん、学校? 何言っちゃってんの? また面倒なこと言いだしたね。でも面白そうだね、ワクワクする!」くらいの驚きと興奮の反応を半ば期待していたが、その淡々とした様子に「この男おそるべし」と思ったのを覚えている。

学校設立にあたり、衣川(左)と第1弾の打ち合わせをする筆者。衣川は現在、Manaiの統括ディレクターを務めている。提供:Manai

 私は2005年より都内で小・中学生向けの学習教室を運営していた。知識の記憶とそれの正確な再現を競い合う受験勉強に特化するのではなく、物事の因果関係に注目し各教科を学び、考え、判断するトレーニングができる環境をつくってきた。教室が拡大するにつれ、放課後の学習教室(つまり塾)の形に縛られず、より生徒が能動的に学びを得られる仕組みを模索していた。そして私が目を向けたのが新しい学校を作るという活動だった。2014年に開校した長野・軽井沢の全寮制インターナショナルスクール、ISAK Japanの活動も「学校ってつくれるんだ…」という大きな刺激となった。

 2014年10月、新たな学校を設立するにあたってそれまで私が漠然と持っていたアイデアが、上述の衣川との議論の中で輪郭を得て固まった。本連載の初回でも触れているが、私の信念に「学びは、人から教わるのではなく没頭を通して行われるべき」というものがある。また、どんな優秀な先生や教材よりも、バックグラウンドが多様な、いわば価値観がごちゃまぜになった環境が人に最も学びをもたらすという思いと体験がある。

 それらから、Manaiプロジェクト(当時のプロジェクト名はISSJ。任意団体)の最初のコンセプトは「人は没頭を通して学ぶべき」「人はごちゃまぜの環境で学ぶべき」というものとなり、今でも多少表現を変えつつもManaiの根本哲学となっている。2019年暮れに差し掛かった現在、この「プロジェクトベースでの学び、ダイバーシティを重視した学習環境」というのは多くの学校や教室で既に一般化した感もあり、この数年で多くの教育従事者が学びのアップデート活動を行ったものだと実感できる。

世界中の人々をつなぎ世の中を変えるエンジン

 「サイエンスに特化した教育機関」という構想もプロジェクトスタートと同時に掲げた。サイエンスおよびその応用たるテクノロジーは、それを武器に個人が世の中に大きな変革や常識の更新を生み出すことができる。しかもサイエンスの世界の国境線は政治や経済、文化のそれに比べ曖昧であり、興味対象を通じ世界中の人々が結びつき協働し、世の中を変えるエンジンとなり得る。高校生世代が没頭しそれを通して学びを得る対象としてサイエンス分野以外には想定できなかった。

 また、私は大学に理科系で入学している。当時の同級生たちが大学や企業、研究所で頭角を現し研究の現場で活躍しだす頃だった。彼らからアカデミックの現場における研究環境の問題点・課題点を頻繁に聞いていた。話に上がる問題点・課題点は諸々あるが研究者たちが自由に研究を楽しめない理由の一つが、中学生・高校生にとって科学は試験科目であり、好きなこと・没頭する対象とはなり得ていないということが大きいと感じた。

 こうした理由からサイエンス・ダイバーシティ(ごちゃまぜ)・プロジェクト学習(没頭を通して学ぶ)というコンセプトの柱が出来上がった。

2015年夏に実施したサマースクールで、光と色に関する実験を行う生徒たち。サイエンスは国境を超え、興味関心を通じて協業しやすい分野といえる。提供:Manai

 そして、コンセプトを伝えるプレゼンテーション資料を作りつつ我々が行ったことが以下である。

・学校のプロトタイプとなるサマースクールづくり

・カリキュラムや奨学金の設計

・IB導入の可能性検討調査

・学校認可制度の調査と書類作成準備

・一緒にプロジェクトを推進してくれるプロジェクトメンバー集め

・サポーター集め

・助成金等の調査・申し込み

 これらを同時並行で行った。

学校の「プロトタイプ」をつくる

 2014年10月の旗揚げから最も多く情熱を注いだのが第1回のサマースクール準備だ。自分たちが思い描く理想の学びの環境を世の中に具体的に視覚化し届けることが最も大事なことだと感じていた。「2015年の夏に世界中から参加希望者を集め、1週間のスクールを行う。コンテンツは生徒の実際の研究活動と多様な分野の専門家によるレクチャー」ということを活動開始とほぼ同時に決めた。

 開催地として神奈川県横須賀市にあるYRP(Yokosuka Research Park)での実施を実現するために、市および地区開発を行う鉄道会社に対して我々の構想を説明し、協力を仰いだ。2014年末にはYRPでの実施が大筋決定できていた。なお、横須賀市とはサマープログラムの計画と同時に学校設立の候補地としても相談させてもらい、以降継続して議論を重ね様々な協力をいただいた。

あれこれ固まらずとも旗揚げはできる

 最近多くの方から「新しい教育機関・学校を作りたい。参考にManaiの初期の様子を教えてほしい」とお声がけをいただく。最初の段階でとかく大事なことは世の中に対して宣言をすることだと思っている。自らの問題意識・情熱・計画を、それがしっかり固まっているなどとは全く言えない状態でも周囲に発信し続けることだ。まさにとりあえずよいっしょっと旗をたてるイメージだ。今だから言うが多少ホラも吹いた。「まだ構想が固まっていないから」「まだメンバーがいないから」「まだ実現性の検証が終わっていないから」とこの旗を立てることをやめていれば、間違いなくManaiのプロジェクトは進んでいなかったと断言できる。

 次回以降、第1回サマースクールの準備および実施の様子、またそれと並行して行った上述の準備活動の様子を紹介したい。

初めて開催したサマースクールには4カ国から25人の生徒が参加してくれた。提供:Manai

【プロフィール】野村竜一(のむら・りゅういち)

エデュケーションデザイナー
Manai Institute of Science and Technology代表

1976年東京都生まれ。東京大学卒。NHK、USEN、アクセンチュアを経て「旧態依然とした教育が人の学びを阻害している。学びをアップデートさせたい」との思いから起業。2019年秋、サイエンスに特化したインターナショナルスクール「Manai Institute of Science and Technology」を開校した。「サイエンスを武器に世界中で夢をカタチにし、課題を解決できる」人物の輩出を目指す。論理的思考力養成の学習教室「ロジム」も経営。

教育、もうやめませんか】は、サイエンスに特化したインターナショナルスクールの代表であり、経営コンサルタントの経歴をもつ野村竜一さんが、自身の理想の学校づくりや学習塾経営を通して培った経験を紹介し、新しい学びの形を提案する連載コラムです。毎月第2木曜日掲載。アーカイブはこちら