鉄道業界インサイド

相鉄・JR直通運転の勝算は 実は3年後に控える“超大型直通計画”の前哨戦

枝久保達也

 いよいよ11月30日、相模鉄道とJR埼京線の相互直通運転がスタートする。2006年に都市鉄道等利便増進法に基づく整備構想が認定され、2010年3月に着工した工事は当初、2015年4月の開業を予定していたが、工事の遅れにより2度も延期された経緯がある。横浜駅にターミナルを置き、関東大手私鉄では唯一、東京都内に乗り入れていない相鉄にとっては悲願となる都心直通。「相鉄線史上最大級のダイヤ改正」と銘打った告知ポスターからは、三度目の正直となった安堵感と、新時代に向けた高揚感がうかがえる。

 両路線の直通運転は、相鉄本線西谷駅とJR東海道貨物線の横浜羽沢貨物駅を結ぶ約2.7kmの連絡線を介して行われる。相鉄は連絡線に羽沢横浜国大駅を新設。直通列車は同駅からJR東海道貨物線に乗り入れ、武蔵小杉駅の手前でJR横須賀線に合流し、大崎からJR埼京線に直通する。

 運行本数は46往復で、朝ラッシュ時間帯は1時間あたり4本、日中・夜間は2~3本の直通列車が設定される。二俣川~新宿間は最速44分、大和~渋谷間は最速45分で結ばれることになり、横浜駅での乗り換えと比較して、所要時間はそれぞれ約15分短縮されるという。

 直通開始に合わせて相鉄は、直通先での認知度向上、ブランドイメージ定着を図るために、自社保有車両の塗装に「YOKOHAMA NAVYBLUE(ヨコハマネイビーブルー)」と称する濃紺色を採用した。銀色車体にラインカラーをまとったJR車両の中で濃紺一色の車体は、相鉄を知らない利用者にも大きなインパクトを与えることだろう。

 小田急と完全に競合

 相鉄の意気込みはともかくとして、新たな直通運転に勝算はあるのだろうか。まず思い浮かぶのが、小田急線と完全に競合することになる海老名~新宿間、大和~新宿間の行方だ。

 しかし、海老名~新宿間は小田急の503円(IC運賃)に対して、相鉄・JRでは858円と350円以上の差がついてしまう。所要時間も小田急の約55分(急行)に対して65分だ。ただし、激しい混雑で知られる小田急に対して、始発駅の相鉄は着席できる可能性が高い。座席料金350円と考えれば、通勤の「裏技」的なルートになる可能性はあるかもしれないが、真っ向勝負を挑めるとは言い難い。

 大和~渋谷間に勝機?

 一方、小田急では乗り換えが避けられないルート、例えば大和~渋谷間であれば勝機が見えてくる。現在のルートは大和から小田急江ノ島線を利用し、中央林間駅で東急田園都市線に乗り換えて約60分・492円(1カ月定期1万7830円)、下北沢駅で京王井の頭線に乗り換えて約60分・545円(同1万8580円)だ。

 これに対して相鉄・JR直通列車は806円(同2万5760円)だが、乗り換えの手間はなくなり、所要時間も約10分短縮されるので選ぶ価値はありそうだ。だが、通勤費を支給する会社からすれば、月8000円の追加負担を認めるか判断が分かれそうだ。

 むしろ前のめりなのは東急か

 実は相鉄は3年後に再び「史上最大」のダイヤ改正を行うことになる。今回開業する羽沢横浜国大駅から分岐して北東に10km、新横浜駅を経由して東急電鉄日吉駅までを結ぶ相鉄・東急直通線が2022年度下期に開業する予定だからだ。相鉄が整備する羽沢横浜国大~新横浜駅間は「相鉄新横浜線」、東急が整備する新横浜駅~日吉間は「東急新横浜線」という路線名になることが決定している。

 こちらは「相鉄・JR線」よりも本格的な直通運転を想定しており、朝ラッシュ時間帯は1時間10~14本程度、日中・夜間は4~6本程度の直通列車を運行する計画だ。詳細なダイヤは未定だが、東急日吉駅から東急目黒線を経由して地下鉄南北線、都営三田線方面と、東急東横線に乗り入れて副都心線方面に向かう、3方向への直通運転が検討されている。

 東急にとっては、相鉄から都心に向かう乗客がそのまま自社線利用者に上乗せされるばかりでなく、東海道新幹線の停車駅である新横浜が自社線沿線になるというメリットも計り知れない。むしろ前のめりなのは相鉄よりも東急の方だという話もあるようだ。

 しかし、利用者にとっては「過剰」な便利さになる懸念もある。相鉄から東京方面に向かう列車は、JR埼京線直通、副都心線直通(東急東横線経由)、南北線直通(東急目黒線経由)、都営三田線直通(東急目黒線経由)、横浜行きで、最大5つの方面に行先が分かれることになる。しかも新宿、渋谷はJR経由と東急線経由の2系統が並立する可能性が高く、どちらが先に到着するかなど、乗客の戸惑いは相当のものだろう。

 前代未聞の複雑な直通運転形態は本当にうまくいくのか。まずはその前哨戦となる相鉄とJRとの直通運転開始に注目したい。

枝久保達也(えだくぼ・たつや) 鉄道ライター
都市交通史研究家
1982年11月、上越新幹線より数日早く鉄道のまち大宮市に生まれるが、幼少期は鉄道には全く興味を示さなかった。2006年に東京メトロに入社し、広報・マーケティング・コミュニケーション業務を担当。2017年に独立して、現在は鉄道ライター・都市交通史研究家として活動している。専門は地下鉄を中心とした東京の都市交通の成り立ち。

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