【ローカリゼーションマップ】「乗車料金の交渉に学校が役立った」 イタリアの教育が培うサバイバル術

 
※画像はイメージです(Getty Images)

 先日、ファエンツァに家族で出かけた。ミラノから東南に270キロ離れた街だ。そこにあるセラミック美術館で開催中のピカソの陶芸品の展覧会を見るためである。

 ミラノから高速鉄道に乗りボローニャで普通電車に乗り換える予定だった。しかしボローニャ到着が遅れ、予定していた普通電車に乗れなかった。ファエンツァの美術館で案内をしてくれるディレクターとのアポがあったため、取り急ぎ次の特急電車に飛び乗るしかなかった。駅で特急券を買っている時間はなかったのだ。

 車内で清算するしか手段がない。余分な罰金を請求されれば払うしかないが、もともと同じ鉄道会社の運行遅れが原因なので交渉の余地はあるかな?程度のことは考えた。

 特急電車はそれなりに混んでおり、息子と家内が車両の前の方、ぼくは後ろの方の席に座ることになった。そしたら前方から車掌が検札にきたが、その時点でぼくはその様子を見ていなかったので、ここからは家内と息子から聞いたことだ。

 車掌は特急券がないなら2人分の20ユーロ(およそ2400円)を払うように言ったらしい。それに対して、家内を差し置いて高校生の息子が「高速電車の遅れによる失点を、あなたはどう考えるのですか?」と言い放った。そして「ボローニャ駅のインフォメーションセンターで聞いたら、このまま特急に乗っていいと言われました」と説明。

 前述したように、ボローニャ駅でインフォメーションセンターに行くような時間がなかったのが事実である。つまり息子の方便だ。

 息子と車掌の5分くらいの話し合いの結果、後ろに座っていたぼくの分も含め3人で合計30ユーロ(およそ3600円)のところを1人の10ユーロ(およそ1200円)にしてくれた。即ち車掌は2人の乗客は乗っていなかったことにしたのだ。

 ぼくの席に車掌が来たときは「前の席で清算は済んだ」と言われたので、交渉の経緯はファエンツァ駅で電車を降りてはじめて知った。そこで息子が言った感想は「学校の勉強って役立つのだね!」である。

 「えっ!乗車料金の交渉に学校の勉強が役立った?」と聞くと、「そう、口頭試問で先生は、オリジナルな論理を組み立てると良い点数をくれるんだ」との答え。

 イタリアは小学校の時から通信簿の成績は、口頭試問と筆記試験の結果が半々である。いや、すべての学校が半々かどうかは知らないが、小学校の時から口頭試問があり、その成績が悪ければ筆記試験が良くても通信簿は「それなり」であるのは共通だ。

 そして口頭試問においては筆記試験のような「正解」ではなく、先生が納得する答えをするのが正しい。先生の質問に答えながら、先生の表情をみて、どこで先生が腹落ちするかを生徒が判断するのである。これを小学生の低学年からやっている。

 こうした教育が今回の一件で功を奏したというのだ。

 日本の人がこういうエピソードを聞くと、「口八丁手八丁で上手くやるのは正しくない」と感想をもつかもしれない。しかしイタリアでこのエピソードは評価される。

 美術館のディレクターと昼食を皆でとったとき、このエピソードの開陳で眉をひそめられることはなく、逆に賞賛されたのである。どうやって苦境を脱するか、それを自分の知恵を絞ってどうやるのか、この点が評価の基準になる。

 もちろん倫理的な面を反故にしてよいということではない。ただ、この場合、鉄道会社の非を衝かずに泣き寝入りすることなく、自分の論理の正当性を主張するにあたり、若干の「調整」は許容されるということだ。

 一方、車掌はその「調整」を受け入れるにあたり、合計30ユーロからの割引という処置をするのではなく、2人の客は乗っていないという「調整」をしたわけである。車掌は車掌の立場として智恵を絞ってくれたのだ。

 何事においても、解釈や許容の幅をどれだけお互いが認め合うか(あるいは目をつぶり合うか)、というコミュニケーション能力がサバイバル術になる。このあたりの勘が分からないと、イタリアの文化が分かったことにならない。それは日本で阿吽の呼吸を理解するのが大切であるのと同じように、イタリアで生きるに重要なことである。

【プロフィール】安西洋之(あんざい・ひろゆき)

モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター

ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解すると共に、コンテクストの構築にも貢献するアプローチ。

ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。