相反する2つの特性を両立
クルマをながめ、ひと通り舐めまわすように観察していると、そこには「YARIS」のエンブレムがあった。これは、新型ヤリスのプロトタイプである。先代までの日本名はヴィッツ。それが欧州で高い知名度を誇るヤリスとなって日本投入される。日本発売は2020年の2月10日とアナウンスされている。
新型ヤリスは、たたずむその姿からして誰もの視線を惹き寄せる。ボディはコンパクトなのに、凝縮感が強い。中身がギュッと詰まっている様子が伝わってくる。
選択可能なエンジンは、直列3気筒の1リッターと1.5リッター、そして1.5リッターハイブリッドの3部構成である。ハイブリッドモデルには、このクラスでは異例のE-four(4WD)もラインナップするという豪華さだ。
エポックなのは、プラットフォームを新開発したTNGAに改めていることだ。エンジンを低く搭載し、タイヤを四隅に配置することができるプラットフォームは、走りの性能を高めることに貢献する。人体の骨格同様に、これであらかたの基本性能が決まる。
トヨタがTNGAと呼ぶそれは、骨組みの中の低い位置にエンジンが収まるように設計されている。しかもそのエンジンは、重心点に寄せて積みやすいように細工されている。サスペンションを構成するアームやヒンジの取り回しも、タイヤが四隅になるように設計されている。結果として、低重心であり、前後重量配分に優れ、スタンスの広いクルマができあがるというわけだ。
TNGAの効果は絶大で、基本構成が優秀だから、サスペンションをいたずらに硬めなくてもハンドリングが安定するというメリットを生む。サスペンションが硬くないから、走りがいいのに乗り心地が悪くならない。
これまでは、スポーツ性能と乗り心地は背を向けていがみ合うような相反する特性だとされてきた。長年のその常識を覆すかのような完成度なのである。
担当者は「サーキットで過激に追い込まれると…」
実際にはサーキットを攻めこむと、滲み出るようなスポーツ性能に驚かされる。足元は徹底したエコタイヤを履いていた。だからサーキットなどは荷が重いのだろうと心配もしていた。サーキット試乗になったのは、まだ世間に公表できないプロトタイプゆえに、本来ならば公道試乗が適切なはずのヤリスをクローズドに持ち込んだのには無理があるのだと。実際には担当者は、こういって頭をかいた。「サーキット仕様ではありません。過激に追い込まれると…」。限界域で評価されることを嫌っていた。
だが、それは杞憂に終わった。たしかにサーキットに放り込まれると、意図せずにペースは上がっていく。それが人の性だ。いつしか、タイヤから悲鳴が上がる速度域に達してしまっていたのも許していただきたい。だがそれがかえってTNGAの完成度を知ることになった。
タイヤのグリップ性能はたしかに低いけれど、かといって走りが鈍重かといえば答えは否だ。もちろん目の覚めるようなラップタイムを叩き出すはずもない。だが、限界域でも自由自在にコントロールできるし、ボディが激しく傾いても不安感がないのだ。
狙ったラインをトレースすることが可能だ。無駄なピッチングやロールの揺り戻しもない。路面からのショックを巧みに吸収する。この、なかなかできない当たり前のことをさらりとやってのける最大の功労者はTNGAではないかと思うのである。
ユーザーにとってプラットフォームが新しくなろうが、それがTNGAと呼ばれようがどうだろうが、余り関心がないに違いない。同感である。だが、プラットフォームが与える影響は無視できないことも事実。TNGAがそれを雄弁に語った。
【試乗スケッチ】は、レーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、今話題の興味深いクルマを紹介する試乗コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら。木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【クルマ三昧】はこちらからどうぞ。