教育・子育て

シンパシーとは違う 「エンパシー」は他人を理解するための知的作業だ

 英国在住ライター・ブレイディみかこさん

 「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」連載終了

 英国在住のライター、ブレイディみかこさん(54)が新潮社のPR誌「波」で連載中のノンフィクション「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」が、2月27日刊行の同誌3月号で終了した。英国の中学校に通う息子の成長を描いた同作は、単行本が昨年6月に刊行。数多くの賞に輝き、ノンフィクションの売れ行きとしては異例の31万部のベストセラーだ。ブレイディさんは「自分の生んだ子供が、多くの読者や書店員の方々に育ててもらった感じです」と語る。(本間英士)

印象的なタイトルは息子がノートにつづった言葉。「『これしかない』と思った」と振り返るブレイディみかこさん(三尾郁恵撮影)

 プレ思春期終わり

 中学生の日常を、親の目線から描く。こう書くと退屈そうに聞こえるが、実に面白いのだ。

 “主人公”はブレイディさんの11歳の息子。進学先に選んだ「元・底辺中学校」で、息子はさまざまな問題に直面する。経済格差、人種差別、ジェンダー…。まるで世界の縮図のような難しい問題を、悩みながらもしなやかに乗り越えてゆく親子の成長が、軽やかにつづられている。

 「波」では平成30年1月号から連載。「最初からテーマがあって書いたわけではなかった。構成や着地点もなかった」と振り返るが、毎回書いているうちに、小さな世界である中学校生活の向こうに、大きな英国全体の姿が透けて見えた、という。

 「『人はなぜ生きるのか』とか、ふだん大人は考えませんよね。目の前の生活がありますし。でも、子供は結構真剣に考えている。それは、本当は大人にも必要なことなんです。だから、(読者にも)面白く感じていただけるのでは」

 連載を終える理由は?

 「この本での息子は11~12歳の『プレ思春期』。今は13歳で、もう以前ほど親には語ってはくれません。(この本は)『プレ思春期』特有の真剣なまなざしで悩む時代の息子の話。これ以上続けたら別物になるので、いったん終わりにしよう、ということです」

 響く息子の「直球」

 福岡市出身のブレイディさんは平成8年、英ブライトンに移住。アイルランド出身の男性と結婚した。失業率や貧困率が高い地域の「最底辺保育所」に勤務し、英国社会の分断を浮き彫りにしたノンフィクション「子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から」で新潮ドキュメント賞を受賞した。

 「私自身は、ジャンルレスな書き手でいたいと思い続けている。その点、『ぼくはイエローで-』はいろいろな方から違う反応が返ってきた。ジャンルレスが実現できた本だと思う」

 同書で親子が話し合うのは、多様性やポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)など答えのない問題ばかり。だからこそ、息子の意外な言葉や問いかけにハッとさせられる。柔らかく、ユーモア交じりの変化球主体の文章だからこそ、息子が時に投げ込む“直球”がより読者に響くのだ。

 「自分の主張を入れず、『これでいい』とかも言わず、いわばオープンな状態で(読者に)考えてほしい文章にしました」

 次作は大人向けに

 読者の間で話題となったのが、作中に出てくる「エンパシー」という言葉。シンパシーが誰かをかわいそうだと思うなどの「感情的状態」なのに対し、エンパシーは他人の感情を理解する「能力」「知的作業」だという。

 「今こそ現代人にはエンパシーが必要だと思います。何も正義や社会理念のためじゃなくて、世の中を円滑に回すためです。シンパシーとは違い、エンパシーは能力だから伸ばせる。アンチ対アンチではなく、社会が前に進むために、エンパシーが必要なのです」

 今後の目標を尋ねた。

 「エンパシーが多くの人に刺さっているので、大人向けに書きたい。あとは、ヤングアダルト(YA)。英国の10代向けのジャンルですが、政治や社会のことに結構首を突っ込んでいて、面白い。日本版YAを書いてみたいと思います」