0-100km/h加速は2.5秒
「世界でもっとも加速の鋭い量産車はどれでしょうか?」-。こんな質問をしたら、どのモデルを思い浮かべるだろうか。おそらくフェラーリやランボルギーニといった世界に名だたるスーパーカーを想像するに違いない。ポルシェ911ターボをリストに挙げる人も少なくないだろう。あるいは相当のカーマニアの方なら、フランスのブガッティ・シロンだと断言するかもしれない。大排気量エンジンを搭載し、低くワイドなボディスタイルのスーパーカーをリストアップするのは当然の流れだ。
だがしかし、答えは否だ。少なくとも0-100km/hの世界最速モデルは、テスラが生産するラグジュアリー4ドアセダンの「モデルS」なのである。カタログによると、停止状態から100km/hに到達するまでの時間はわずか2.5秒だというのだから開いた口が塞がらない。
例えば、二人乗りのスーパーカーであるシロンはW型16気筒というまるで飛行機のような特殊なエンジンを搭載している。V型8気筒ユニットを2基合体させたような構造をしており、正面から構造模式図を見るとシリンダーの配列が「W」に見えることからW型と呼ばれている。その各バンクにターボチャージャーが組み込まれている、4ターボという化け物だ。排気量は8リッター。最高出力は1500ps。最大トルクは1600Nm。世界一のエンジンスペックを誇る。価格は1億8000万円もする。それでも0-100km/hの公表値は2.5秒にとどまる。
だというのに、1000万円をわずかに超える程度の価格の(といっても高価には違いないが…)モデルSが、内燃機関の化物と同等の加速を誇るのだから驚きである。
モーターならスリップ制御にもメリット
つまり、それがEVの凄さである。驚くほど多くのリチウムイオンバッテリーを床に敷き詰め、前後に強力なモーターを積むモデルSは、EVならではの特性を発揮する。モーターは回転を始めるその瞬間から最大トルクを炸裂させる。ガソリンを燃焼させることでパワーを得る内燃機関は、高回転、高負荷を得意とするものの、発進のその瞬間は本来得意とする領域ではない。低回転、低負荷を苦手としているのだ。発進してから速度が高まるまでが鈍いのである。モデルSが0-100km/hでガソリンエンジンを置き去りにするのはそれが理由だ。
しかも、発進の際のスリップを緻密に制御するトラクションコントロールにもメリットがある。タイヤを絶妙なスリップ率15%付近でスタートさせるには、駆動輪に高性能なスリップセンサーを組み込み、最適なパワーコントロールをする必要がある。その点でも、燃焼を制御してからドライブシャフトやプロペラシャフトを経由してタイヤの空転を制御するガソリンエンジンより、ほぼ直接モーターが駆動輪と連結し、緻密な反応を示すモーターの方が有利なのである。
常軌を逸した加速力
実際にモデルSでフル加速に挑むと、常軌を逸した加速を披露する。アクセルペダルを床まで踏み込んだ瞬間に、強烈な加速Gが炸裂する。どんなに身構えても、首はヘッドレストに叩きつけられる。もし助手席に人がいたのならば、あらかじめ加速することを伝えてからでなければ怪我をするかもしれない。少なくとも吐き気をもよおす。空母からカタパルトで発艦する戦闘機の加速よりも初速は鋭いのだろうと想像するほどだ。
それでいてモデルSは、5名乗車で旅行に行くこともたやすいし、知人を送迎することだってこなす。おとなしいセダンなのである。
テスラの創業者である鬼才イーロン・マスクは、内燃機関を墓場に叩き込むと鼻息が荒い。モデルSにそこまでの加速が必要か否かの議論はともかく、打倒ガソリンエンジンへの挑戦状であることに間違いはない。
【試乗スケッチ】は、レーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、今話題の興味深いクルマを紹介する試乗コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら。木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【クルマ三昧】はこちらからどうぞ。