全席撤去や「電子図書館」の拡大も 変わるコロナ後の図書館
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、臨時休館を余儀なくされた各地の図書館が、再始動している。滞在時間の短縮や座席の撤去など密閉、密接、密集の「3密」を避ける工夫に知恵を凝らす。従来の楽しみ方であった、座席に座って好きな本をゆっくりと堪能できる環境はまだ取り戻せてはいないが、新たな文化のよりどころとなるための試みを模索している。(藤原由梨)
待望の再開
「休館中も電話やオンラインでの予約は受け付けていました。5月12日時点の予約数は大阪市立図書館全体で約11万冊、中央図書館だけでも1万冊近くにのぼり、通常の予約保管棚だけでは足りないほどでした」
3月2日から5月15日まで、およそ2カ月半の休館を余儀なくされた同市立中央図書館(同市西区)の藤井直美課長代理は振り返る。「今まで時間が取れなかったので、自粛期間中に本を借りたかったのに」「本当に再開できるのか」などの声も寄せられ、市民が図書館再開を待ち望んでいたことをひしひしと感じたという。
蔵書約230万冊を誇る同館では再開にあたり、利用者の長時間の滞在を避けるため、館内に約千脚備えていたいすを撤去した上で、館内での滞在時間を30分程度に抑えるよう呼びかけている。本の貸し出し、返却カウンターにはビニールシートを置いて飛沫(ひまつ)の飛び散りを防止。利用者に本の照会を受けた場合、職員はフェースシールドを装着して相談にあたっている。
また、一時は新聞の閲覧を中止。キーボード操作による記事検索の端末利用も取りやめている。子供向けの絵本読み聞かせイベントは6月末まで中止予定だ。
再開後の利用者は1日1500人程度と例年の半数以下に留まっている。本格的な稼働にはまだ時間がかかりそうだ。
「聞く本」の広がり
従来型の書籍の貸し出し以外のサービスを始めた図書館もある。奈良市立図書館では休館中の5月、ナレーターが本の内容を朗読した「オーディオブック」のサービスを導入した。
いわゆる「聞く本」で、利用者は図書館から与えられたパスワードを使ってホームページにアクセスすると、太宰治や宮沢賢治などの名作本からビジネス書、語学書、アニメ関連など約3千種の内容を自分のスマートフォンやパソコンにダウンロードして聞くことができる。担当者は「オーディオブックは来館しなくても貸し出しが可能。3密やウイルスのことを心配せず書籍の内容に触れられるメリットがあった」と話す。本との出合い方も変化している。
また、感染防止対策と、利用者の安心のために、宮城県名取市図書館では、2年前に導入した本の殺菌機「ブッククリーン」が活躍している。利用者が借りた本を持ち帰る際、使用できる。担当者は「必ず使うように指示をしているわけではないが、多くの方が利用されている」と利用者の意識の変化も指摘する。
存在感上昇
図書館や美術館などの支援活動を行う有志団体「save(セーブ)MLAK(ムラック)」の調査では、5月5、6日の時点で全国の公共図書館など1692館のうち92%が休館措置を取り、自由な利用が制限される事態となった。
公立図書館長の経験もある奈良大の嶋田学教授(図書館情報学)は「公共図書館は、子供から高齢者まで幅広い年齢層にサービスを行っており、影響も各世代に及んだ。休館したことで、改めてその存在感が浮かび上がったのでは」と指摘する。
その上で、コロナウイルス感染拡大を経験した後の図書館のあり方について、自宅に居ながら図書館の資料がタブレットやスマホで閲覧できる電子図書館の拡大などをあげる。経費や提供コンテンツをいかに増やすかといった課題もあるが、「普及すれば、平時においてもさまざまな事情で来館が困難な利用者へのサービスが提供でき、さらに図書館利用者が増加するのでは」と期待する。
感染拡大の第2波到来などで再び休館を余儀なくされても市民に必要なサービスを提供できるか。図書館の新たな準備は急務となっている。
プライバシーと公益性
図書館のコロナ感染予防対策として公益社団法人「日本図書館協会」(東京)は5月14日にガイドラインを出した。その中で、来館者の健康状態の確認や検温を促すことに加え、「氏名と緊急連絡先を把握し、来館者名簿を作成」と示したことが波紋を広げた。
来館者名簿の作成は、感染者が発生した場合に接触した人の特定がしやすくなる一方、図書館関係者からは利用者のプライバシー保護の観点から疑問の声が上がった。日本図書館協会の「図書館の自由に関する宣言」では、「読書記録以外の図書館利用の事実に関しても、利用者のプライバシーを侵さない」と定められているためだ。その後、「実施を検討する事項」に修正された。
実際、ガイドラインに沿って名簿を作成した図書館は多くないとみられる。一方、感染拡大防止対策として、大阪市立図書館では、大阪府が独自に運用する感染者の発生をメールで伝える「大阪コロナ追跡システム」の利用を促して、名簿作成の代わりとする。
奈良大の嶋田学教授は「来館情報というプライバシーの保護とコロナの感染者が発生したときの対応はともに公益性の高い問題。来館者の把握が防疫上不可避な対応なのかをよく検討し、実施に際しては利用者に丁寧に説明することが必要だ」と指摘する。