試乗スケッチ

“特殊な燃料電池車”から脱却 新型「ミライ」は日常に寄り添う高級セダンに

木下隆之

安心の航続距離

 水素で走る燃料電池車(FCV)「トヨタ・ミライ」がフルモデルチェンジして誕生した。2代目となる。FCVは、フューエル・セル・ビークルの略である。

フルモデルチェンジして誕生したFCVのトヨタ「ミライ」
フルモデルチェンジして誕生したFCVのトヨタ「ミライ」
フルモデルチェンジして誕生したFCVのトヨタ「ミライ」
高級セダンの名に恥じない新型ミライ。独特の重量感があり、高速道路での地に吸い付くような安定感は絶品だ
フルモデルチェンジして誕生したFCVのトヨタ「ミライ」
高級セダンの名に恥じない新型ミライ。独特の重量感があり、高速道路での地に吸い付くような安定感は絶品だ

 FCVタンクに蓄えた水素を大気中の酸素と反応させた電力をエネルギーとして走る。いわば、水を電気分解によって水素と酸素に分けるのと逆の方法で電気を取り出す。FCVは走行中、一切のCO2(二酸化炭素)を発生しない。クリーンエネルギー車の救世主として期待されているのだ。

 パワーユニットは電気自動車(EV)と同様に電気モーター駆動なのだが、自らが「走る発電所」として機能している。EVは充電に時間がかかるのに対し、FCVはガソリンスタンドで給油をするのと時間的には差がない。水素タンクを満タンにするのに費やす時間は3~5分である。EVの欠点を補っているのだ。

 ただし、その水素を充填できる「水素ステーション」がまず少ない。政府は助成金を投入し、水素ステーションの増設を進めているが、官民挙げての施策も効果が薄い。バスやトラックといった、あらかじめルートや航続距離が確定している商用車での普及は進んでいるものの、ミライの販売が思うほど伸びていないのは、水素ステーションの問題もある。

 政府はそれでも、FCV保有台数に対して水素ステーションの数は潤沢にあると公表している。確かに比率としては正しい。だが、FCVを脱炭素社会の救世主とするには、FCV普及のネックである水素ステーションを増設する必要がある。つまり、政府と市場はいたちごっこをしている。鶏が先か、卵が先かの迷宮にハマっているのだ。

 それを察してトヨタは、まずはミライの販売台数を伸ばす方向で開発を進めた。初代ミライが、いかにも特殊なFCV然としていたのに対し、新型ミライは街に自然と馴染む高級セダンを目指している。決して特殊なクルマではなく、日常に寄り添うことのできるものとした。

 前後に長く、低く幅広のボディはトヨタ・クラウンを上回るサイズであり、自然なスタイルが特徴である。新型ミライは先代のように異様に車高が高く、狭い乗り物ではなくなった。FCVには、巨大な水素タンクを搭載する必要がある。水素を充填できるステーションが少ないから、航続距離の長さが求められる。EVならば、200キロほどの航続距離でもは耐えられるが、FCVではそうはいかない。このため新型ミライは約850キロの航続距離を達成した。つまり、効率を飛躍的に高めたとはいうものの、それだけ大量の水素を搭載しているのであり、それが室内空間に侵食するのだが、それでも不満のないスペースを確保しているのだ。

後輪駆動が生んだ理想的な重量配分

 乗り味も自然である。新型ミライはRWD、つまり後輪駆動となった。先代はFWD、前輪駆動である。FCVを成立させるためのさまざまな要素を積み込むと、後輪駆動にするのがスペース的に最も都合が良かったという。結果的に、前後重量配分「50:50」という、走りにとって理想的なバランスとなった。水素で走る燃料電池車だから選んでもらうのではなく、たまたま魅力的なクルマを購入したら、それがFCVのミライだった…という感覚を強めて開発したようなのだ。

 確かに新型ミライは、たとえそれに内燃機関が搭載されていても不自然ではないような、高級セダンに映る。それが普及につながればいいのだが…と思う。

木下隆之(きのした・たかゆき) レーシングドライバー/自動車評論家
ブランドアドバイザー/ドライビングディレクター
東京都出身。明治学院大学卒業。出版社編集部勤務を経て独立。国内外のトップカテゴリーで優勝多数。スーパー耐久最多勝記録保持。ニュルブルクリンク24時間(ドイツ)日本人最高位、最多出場記録更新中。雑誌/Webで連載コラム多数。CM等のドライビングディレクター、イベントを企画するなどクリエイティブ業務多数。クルマ好きの青春を綴った「ジェイズな奴ら」(ネコ・バプリッシング)、経済書「豊田章男の人間力」(学研パブリッシング)等を上梓。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本自動車ジャーナリスト協会会員。

【試乗スケッチ】は、レーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、今話題の興味深いクルマを紹介する試乗コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら。木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【クルマ三昧】こちらからどうぞ。