ヤリスの面影を消し去ったGRヤリス
トヨタの“ヤリス攻勢”が止まらない。最量販モデルである「ヤリス」を発売し、予定通り、日本の国民車たる地位を確実に手中に収めつつある。だがそう思ったのも束の間、矢継ぎ早に「ヤリスクロス」をデビューさせた。ヤリスのプラットフォームとパワーユニットを流用し、車高の高いクロスオーバーカーとして市場の反応を見た。
その興奮もさめやらぬうちに、「GRヤリス」のデビューである。瞬く間に、ヤリスラインナップは揃った。もはや、ヤリスの牙城を崩すのは困難に思えるほど、隙のないモデル構成を完成させて見せたのだ。
ヤリスは正統派の最終路線を突き進む。使い勝手と経済性で、日本国民の生活に静かに寄り添う。ヤリスクロスは、生活に一点の彩りを添えて見せた。荒地にも踏み込めるほどのタフな走破性能を備えている。オフ日に家族揃ってキャンプに行くような、行動範囲の広さが魅力である。
そこに今回、GRヤリスが加わった。といっても、GRヤリスをそれまでのヤリスと同格に論じるのには無理がある。共通しているのはヘッドライトとテールランプと、そしてプラットフォームだけというほど、面影を消し去っているからだ。それも道理で、3ドアハッチバックのコンパクトボディは、大きく張り出したブリスターフェンダーで武装する。搭載するエンジンは直列3気筒1.6リッターターボで、272psを炸裂させる。組み合わされるトランスミッションは6速マニュアルであり、前後駆動トルク可変の4WDシステムを奢っているのだ。もうこうなったら、公道を走ることの許されたラリーマシンといった趣すらある。
実際にワインディングを攻め込むと、GRヤリスの本性が露わになる。ターボトルクは激烈で、全域パワーゾーン。いつもよりシートを前寄りにスライドさせ、ハンドルにしがみつくようなドライビングポジションをお勧めする。できれば、レーシンググローブをはめた方がいいかもしれない。それほど、走りはアグレッシブなのだ。
WRCマシンの技術を市販車に
前後駆動トルクは、車内のダイヤルで選べる。フロント60%、リア40%がデフォルトだが、積極的にコーナリングを楽しみたければ、挙動がドリフト気味に転じる「スポーツモード」にアジャストすればいい。駆動トルクが30%対70%とリア寄りになるからだ。さらに過激な「トラックモード」は、駆動トルクが前後同一の50%対50%になる。さすがにワインディングをハンドルに任せて攻め込む程度ではアンダーステアが強い。つまり、ラリーやジムカーナ、あるいはサーキットで限界域にトライするときに有効だ。コンマ1秒を競うようなアクロバティックな場面で生き生きとする。そう、GRヤリスはほとんど、登録ナンバーを得た競技車両なのである。
それもそのはずで、GRヤリスの開発スタイルは異質だ。トヨタがWRC世界ラリー選手権にヤリスを投入、世界チャンピオンを獲得してみせた。そのマシンのコンセプトと技術をGRヤリスに落とし込んだのである。
一般的に競技車は、市販車をベースに様々な改造を施すことで戦闘力を高める。だがGRヤリスは、まず競技車があり、それを公道に舞い降りたという点で異質なのだ。走りが激しいのは当たり前のことなのである。
そう、ヤリス攻勢はついにコンペティションの世界まで足を踏み込んだのである。市街地からサーキットまで、もはやどこにも隙がない。それでいて腰を抜かしかけるのは、1.6リッターターボ4WDに加え、1.5リッターNA+FFモデルもラインナップしたことである。姿形は過激でありながら、中身は走りの大人しいヤリスそのものだというのだから舌を巻く。あまりに広いヤリスの守備範囲に、ただただ呆然とするしかない。
【試乗スケッチ】は、レーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、今話題の興味深いクルマを紹介する試乗コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら。木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【クルマ三昧】はこちらからどうぞ。