コンマ1秒を削り取る精度
それはまるでレーシングカーを開発するような手法で生み出された。ホンダの熱い魂「シビック・タイプR」の特別仕様車、国内限定200台のスペシャルモデルである。「リミテッドエディション」と名付けられ、話題をさらった。
予約販売開始とともに即完売、すでに200台の持ち主は決定してしまった。それほどの人気モデルをドライブする機会に恵まれた。場所は、タイプRの鍛錬の場である鈴鹿サーキットである。
シビック・タイプRには、驚くほど強力なパワーユニットが搭載されている。直列4気筒エンジンは、2リッターながらターボの力を借りることで最高出力320ps、最大トルク450Nmというパワーを炸裂させるのだ。だというのに、駆動はFF。もはやフロント駆動の限界への挑戦である。
実際に、世界一過酷とされるニュルブルクリンクサーキット(ドイツ)で、市販車FF最速タイムを記録、世界を驚かせたばかりである。今回の試乗に先立って挑んだ鈴鹿サーキットアタックでも、2分23秒9という好記録を樹立。圧倒的な速さを世界にアピールしているのである。
そもそもホンダは、タイプRを特別なモデルとして大切に育ててきた。ミッドシップスポーツのNSXにタイプRを設定、それを皮切りに次々にタイプRシリーズが生み出された。といっても、ただバッチを貼っただけの安易な開発はしていない。世界最速を狙うのにふさわしいモデルのみに、タイプRが設定されるのだ。シビックやインテグラのタイプRは、ハイパワースポーツカーですら駆逐するほどのパフォーマンスを披露する。時には、プロドライバーでなければ持て余すほどの速さを備える。それでも躊躇(ちゅうちょ)することなく、徹底的に性能に磨きをかける。
ちなみに、冒頭で報告した「まるでレーシングカーを開発するような手法」とは、たとえばタイヤの選定はドライグリップのみに特化したタイプであるし、鍛造のアルミホイールは1g単位まで軽量化させるばかりでなく、ホイールを適度にたわませることでタイヤを路面に吸い付かせるといった点だ。ホイールなどはたわんではならないものだと信じて疑わずにきたけれど、コンマ1秒を削り取る競争の世界ではそんな精度が求められるのだ。
競技者レベルの作り込み
ブレーキの形状や材質は、サーキットの連続走行で過熱、摩耗し、性能が低下するその領域での耐久性を求めている。もはやレースで戦う競技車レベルの作り込みなのである。
もう一度確認しておきたい。このクルマはレーシングカーではなく、登録番号が取得可能で、市街地を走ることも許された4ドアセダンなのである。ただし、魂はコンペティションの世界にある。つまりはホンダの魂なのである。だからサーキットが似合う。
市販車では到底対峙(たいじ)できない鈴鹿サーキットでさえ、シビック・タイプRがコースを持て余すことはない。ストレートでは軽々と230km/hに達し、そこからのハードブレーキングでも強烈な減速Gを見舞う。根性試しの高速コーナーにも200km/hオーバーの速度からアプローチ可能だ。
鈴鹿サーキットにおいて2分23秒9で走り切るのは、一部のプロドライバーのみがのぞける世界であり、あるいは一部のレーシングマシンのみに踏み入ることができる速度域である。
走りに熱く、最速でなければ気がすまないホンダの情熱が詰め込まれている。
【試乗スケッチ】は、レーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、今話題の興味深いクルマを紹介する試乗コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら。木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【クルマ三昧】はこちらからどうぞ。YouTubeの「木下隆之channel CARドロイド」も随時更新中です。