「実験車」からの脱却
水素を燃料とするFCV(フューエル・セル・ビークル=燃料電池車)のトヨタ「ミライ」が、フルモデルチェンジを受けて誕生。2014年に世界に先駆けて量産を開始した初代から、ガラリと方向性を改めてデビューした。脱炭素化の社会にピタリと照準を合わせている。
初代ミライは、ケーススタディ色の強いモデルであった。時代は今ほど脱炭素化に真剣ではなく、したがって、走行中に一切のCO2(二酸化炭素)を排出しない燃料電池車への期待は薄く、トヨタとしても、将来に向けた「実験車」としての意味合いが強かったように思う。
だが、脱炭素化の潮流は思わぬ速さで進んだ。2020年には各国首脳が脱炭素化を宣言。ミライを育む土壌が形成された。その意味では絶妙のタイミングである。
その期待に応えるように、新型ミライは初代で得た知見を元に大幅に改良された。燃料電池車で心配される水素ステーションの不足には、約850キロという長い航続距離の実現で応えた。あからさまに特殊な雰囲気を醸し出すエクステリアデザインを払拭し、街中に溶け込みやすい外観としている。それでいて、唯一無二の走りを盛り込んでいるのだ。
燃料は水素である。搭載する水素と大気中の酸素を化学反応させて電力を得る。その電力でモーターを駆動。排出されるのは水のみだ。つまり、走行スタイルはEV(電気自動車)そのものなのだ。
搭載されるモーターは134kW(182ps)と高出力であり、スタート直後から強烈な力がみなぎる。車重は決して軽くなく2.2トンに及ぶが、市街地をドライプしている限り力不足を感じることはない。
駆動方式は後輪駆動に改められた。というのも、燃料電池車はFCスタック(発電装置)や燃料電池ユニット、バッテリーや水素タンクなどを自由にレイアウトできるという利点がある。それを利用し、たとえば水素燃料タンクは3分割に配置、結果的に前後重量配分を50対50という、走行性能を整えるには理想的な配置となった。それにより後輪駆動を得たのである。
「ミライ」開発責任者の思いとは…
新型ミライは先代と比較して大柄なボディを得ている。結果的にトヨタブランド最大であり、「センチュリー」を例外とすれば、フラッグシップの位置付けである。それに関して開発責任者を務めた田中義和氏は、こう説明する。
「燃料電池車だからミライに乗るのではなく、『いい車』だと思って乗ったら燃料電池車だった。そう言われるクルマにしたかったのです」
なるほど、ルックスも気を衒(てら)ってはいないし、インテリアも高級感に溢(あふ)れている。水素タンクとバッテリーの位置関係から、後席の空間はやや犠牲になってはいるものの、自然な運転フィールである。というより、高級感が際立っている。これがハイブリッド車として発売されていれば、爆発的に売れたはず…と思ってしまったほどである。まさに田中氏の狙い通りである。
そんなだから、普通に乗り込んで、普通にイグニッションボタンを押し、いつものようにセレクトレバーを「D」(ドライブ)に合わせれば、スルスルといつものように発進する。
というよりむしろ、車重が決して軽くないことも武器となり、独特の重量感がある。高速道路での地に吸い付くような安定感は絶品であり、高級セダンの名に恥じない。
ちなみに、価格は710万円からというから先代よりも低価格なのだ。エコカー減税、環境性能割、グリーン化特例、CEV(クリーンエネルギー自動車)補助金を合計すると、約140万円が優遇される。一番にFCVを浸透させたい…。それが極めて現実的になってきた。
【試乗スケッチ】は、レーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、今話題の興味深いクルマを紹介する試乗コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら。木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【クルマ三昧】はこちらからどうぞ。YouTubeの「木下隆之channel CARドロイド」も随時更新中です。