アイデアの勝利
マツダのSUV「MX-30」が話題を集めているという。昨年の暮れにデビュー、「2019-2020日本カー・オブ・ザ・イヤー」では、特別賞である「デザイン・オブ・ザ・イヤー」に輝いた。観音開きという、マツダが得意とする手法が個性の源だが、決してトリッキーなだけが魅力ではなく、個性的な出で立ちと誠実な作り込みが評価されているようなのだ。
観音開きとは、観音菩薩像を拝むが如き、両開きの扉の一種である。左右の蝶番で支持された扉が、中央から大きく開く。それをクルマのドアに応用したのが、MX-30の観音開きドアなのだ。
最大のメリットは大きな開口部であろう。一般的なドアでは、大きく開いたとしてもドア1枚分の開口部しかないが、観音開きであれば、2枚分の広さが稼げる。実際には、ドアヒンジの構造上、ドアを取り払ったかのように開くことはないが、それでも一般的なドアよりも乗り降りがしやすい。
実はその特性を利用したスポーツカー「RX-8」をマツダは過去にデビューさせていた。ロータリーエンジンを搭載する4ドアクーペがそれだ。比較的全長が短いことから、4人分のドアスペースはない。かといって、2ドアの4人乗りにはしたくなかった。そこで観音開きを採用したのだ。
前席のドアは一般的なサイズにした。だが、後席用のドアは、その約半分にも満たない開口部だが、前席のドアを開けての0.5枚分だから、つまり、後席の乗員は1.5枚分の開口部から乗り降りが可能になったのだ。アイデアの勝利である。
米国サターンは1999年に、同様の観音開きの4シーターのスポーツカーをデビューさせた。狙いは共通している。
もともと観音開きは、高級セダンに採用される技術だった。1955年にデビューしたトヨタの初代「クラウン」がそれで、VIPが乗降しやすいように開口部を広げたのだ。のちにそれは、4シータークロスオーバーピックアップのトヨタ「bBオープンデッキ」や、ホンダ「エレメント」が採用。最近では、「ミニ クラブマン」のリアハッチは観音開きである。コンパクトなボディで余裕のある開口部を求めようとすると、観音開きにしたくなる。
個性を主張するエクステリア
実はMX-30のデザイン的な魅力は観音開きだけではなく、明らかに個性を主張するエクステリアや、目新しいレイアウトのインテリアなどからも感じる。マツダのデザインポリシーは「引き算の美学」である。捻(ひね)ったり盛り上げたりが流行のカーデザインの風潮のなか、突起や捻りを極力減らすことで、すっきりとした佇(たたず)まいを得るのがマツダの特徴である。その意味ではMX-30は、デザイナーの筆さばきはダイナミックであり自由である。
肝心の走り味は優しい。搭載するエンジンは直列4気筒2リッターNAであり、最高出力156ps、最大トルク199Nmを発揮する。出力が控えめなのはマツダ製スカイアクティブユニットの特徴だが、今回はそのガソリンエンジンにモーターがアシストする。モーターの最高出力は6.9ps、最大トルクは49Nmと控えめだ。したがって、力強い加速が味わえるわけではなく、ハードなコーナリングを受け止めるタイプでもない。エクステリアから感じる印象は多分にアクティブだが、走りは優しい。デザインだけで、アクティブなユーザーを取り込んでいるのだ。
ちなみに、このMX-30をベースにしたEV(電気自動車)が間もなく誕生する。マツダがこのクルマにかける意気込みは強い。
【試乗スケッチ】は、レーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、今話題の興味深いクルマを紹介する試乗コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら。木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【クルマ三昧】はこちらからどうぞ。YouTubeの「木下隆之channel CARドロイド」も随時更新中です。