フロントガラスにARを投影
「メルセデス・ベンツはどっちに向かうのか」
多くの不安と期待をもって迎えられたメルセデス・ベンツ「Sクラス」は、威風堂々した体躯(たいく)を備えながらも先進技術を余すことなく投入し、新たな世界に照準を合わせてフルモデルチェンジされたといっていい。
メルセデスベンツのフラッグシップとはつまり、高級車市場のフラッグシップであり、それは自動車の未来を指し示す指標でもある。そんなメルセデスSクラスは、期待を超える技術の数々を投入、新しい高級車のあり方の提案を提案した。
搭載するエンジンは2種類。ともに直列6気筒3リッターながら、ディーゼルターボとガソリンターボをラインナップする排気量を抑えたダウンサイジングの流れは進む。車種構成もシンプルで、標準ボディとホイールベースを伸ばしたロングボディの設定だ。キャラクターがはっきりしているから選択に悩まされずに済む。
外観から受ける印象が全てを物語っているように思う。堂々たる体躯には変化はないが、これまでのような威圧感は薄らいだ。フロントグリルは横長になり、凄みを抑えている。リアのコンビネーションランプは、これまでの一体型を捨て2分割にされている。横長基調になったことで、すっきりとした印象になった。これ見よがしの威厳や貫禄を抑えることで、街中に自然に馴染み先進感が特徴である。それでいて、ボンネットには「スリーポインテッドスター」のマスコットが復活。近未来感と伝統をバランスさせているのである。
インテリアの細工も、エクステリアから受けた印象を裏切らない。まるで豪邸のリビングを思わせる豪奢(ごうしゃ)なしつらえは伝統のままだが、デジタル技術は盛りだくさんだ。機能の全てを紹介するには紙幅が足りないし、そもそも僕自身も3日間の試乗では機能の全てを把握することができていない。というほどに豊富なのである。
たとえば、ドライビングシートに着座すればその瞬間に生態認識でドライバーを判別、シートポジションやステアリングなど、乗員に相応しい仕様にセットしてくれる。正面の計器類は3Dデジタルだ。ドライバーの2つの瞳の距離をセンサーして、立体感を表現する。カーナビゲーションのエスコートは、フロントガラスにAR(拡張現実)を投影するといった具合である。
疲労回復のアロマ、BGM機能も
運転の状況を監視し、ふらつきや加減速からドライバーの疲労を感じると疲労回復のアロマが漂い室内などの色味が変化する。そして、それに相応しいBGMが流れるといった細工もある。いかにもデジタルに時代に相応しい。
機能は豊富であり、それをタッチパネルに集約している。スイッチやレバーといったアナログ的な機能は減っている。その分だけ操作は階層をめぐる必要があり、目線を動かさなければならない。安全ドライブに支障をきたすのではないかと心配はしてみたものの、メルセデスは音声認識に頼ることで解決しようとしている。もはや、指先でボタンを押したりレバーを捻ったりすることはなく、その位置を記憶する必要もなく、全ては音声認識で反応するように設定されているのだ。先進技術の投入には遠慮がないのだ。
それでいて、シートにはマッサージ機能がついており、ヘッドレストには肉厚ピローが組み込まれている。走りは4輪操舵であり小回りが利く。サスペンションはエアサスで、乗り心地は穏やかだ。ハンドリングも悪くはない。というように、一方で旧態依然の技術にも磨きをかけている。
新型メルセデスSクラスは、デジタル時代に相応しい先進性と、王者に君臨してきた伝統を、高い次元でバランスさせているのだ。守らねばならぬ伝統と、これからの先進性の喫水域が今なのだ。メルセデスSクラスはそれを語っているような気がする。
【試乗スケッチ】は、レーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、今話題の興味深いクルマを紹介する試乗コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら。木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【クルマ三昧】はこちらからどうぞ。YouTubeの「木下隆之channel CARドロイド」も随時更新中です。