□「心の力」
■戦場のような時代を生き抜くヒントに
2014年は、あの第一次世界大戦から、ちょうど100年という節目の年にあたります。実は、日本の近代出版史上最大級のベストセラー、夏目漱石の『こころ』が刊行されたのも、この年のことでした。
この間、人類を見舞った災禍は、筆舌にし難いものがありました。かつてこれほどまでに多くの人々が、ゴミのように殺された時代はなかったでしょう。
一方で、日本における「戦後」-1945年以後は、空前の繁栄がもたらされた時代でした。この時空を牽引(けんいん)したいわゆる団塊の世代の精神は、言うまでもなく、今の若者たちとは大きく異なっています。
人生は謎に満ち、世界は不可知の領域に包まれていました。もちろん、相応の苦難もあるけれども、仲間の存在をリアルに感じることは、今よりは可能でした。そして、ひとたび夢に敗れたとしても、どこかに避難所のような場があることを信じられもしたでしょう。
今は、そんな安全弁など、どこにも存在しないかのようです。限りなく透明な世界のただ中で、殺伐とした内面を抱えていかざるを得ない。終わりなき競走が駆動するグローバル化の奔流は、弾丸が一つも飛ばない戦場そのものです。大学人である自分は、毎年春になると、若者たちを戦場に送り出すような錯覚に襲われることさえあります。
そんな時代を、どのように生き抜けば良いのでしょうか。
私は、その手掛かりを、夏目漱石の『こころ』と、ほぼ同時期に連載が開始されたトーマス・マンの長編小説『魔の山』の二作に求めました。
『心の力』は、全体の3分の1が、漱石とマンの代表作の「その後」をミックスした、オリジナルの小説です。新書としては破格の形態ですが、私が本作に込めたメッセージ-「偉大なる平凡を生きろ!」という言葉の真の意図を、くみ取っていただければと願っています。(756円 集英社)
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【プロフィル】姜尚中
カン・サンジュン 1950年生まれ。政治学者・作家。東京大学名誉教授。聖学院大学全学教授。著書に『マックス・ウェーバーと近代』『日朝関係の克服』『姜尚中の政治学入門』『在日』『母-オモニ』『心』など。2008年に刊行された『悩む力』は100万部を突破。続編の『続・悩む力』も20万部に迫るベストセラーに。