--18年間、どういう思いで仕事を続けてきたのか。新垣さんの会見によっていろいろなことが明らかになった。それがなければ、そのまま続けたのか
「まず思いですが、新垣さん自身は、私を甘く見ていたのか。『絶対に佐村河内は、私がばらさないと思っていた』と仰っていたが、そんなことはなくて、私自身が、あるテレビ局さんで大きく取り上げられてから、どんどん自分が制御できないくらい大きな存在になってしまい、恐怖を覚えていました。
いつかばれるんじゃないかという気持ちはありました。10年後にやめようという、引退しようという思いでおりましたけれども。『(週刊)文春』にも正しいことは書いてありまして、『新潮45』を読んで怖くなったからやめましょうといわれたときに、恥ずかしい話しですが、日本コロムビアさんから次の作品と要望がありましたので、あと2曲だけお付き合い願えないかというお話をしたところ、それが3年に1曲ということで、あと2曲で引退しようという気持ちでいました」