【IT風土記】佐賀発、職人芸継ぐ「デジタル技術」、有田焼の逆襲はじまる (2/2ページ)

佐賀県陶磁器工業協同組合の原田元理事長
佐賀県陶磁器工業協同組合の原田元理事長【拡大】

  • 佐賀県陶磁器工業協同組合の百武龍太郎専務理事

 時代に乗り遅れる

 バブル崩壊後、官官あるいは官民接待の自粛で交際費が減り、主力の業務用食器の需要が急減したことが響いた。安価な生活雑器や輸入品が普及して家庭用食器でも苦戦した。ライフスタイルが変化してシンプルモダンなデザインの食器が人気を集める時代になった。

 「有田には華麗な装飾を施す職人はたくさんいたが、売れ筋のデザインにシフトしようとしても感性が追いつかない。有田は時代の変化に乗り遅れた」。佐賀県陶磁器工業協同組合の原田元理事長はこう振り返る。

 有田焼は職人たちによる完全な分業制だ。原料となる陶石を採掘して粉砕し陶土をつくるところから始まる。次に陶土をロクロで成型するか、量産する場合は製品の原型となる鋳込み型を石膏でつくり、そこに陶土を流し込む。それを素焼きして、下絵を付け、釉薬をかけ、本焼きをし、最後に上絵を付けてようやく完成する。

 地元企業の社員数は平均10人前後で、夫婦と子供だけという小規模なところも少なくない。需要減のなかで生き残っていくには、活躍の場がない高齢の職人たちを整理せざるを得なかった。

 いま残っている職人の平均年齢は60歳前後。団塊の世代が多く、いずれリタイアの時期は来る。「このままでは後を継ぐ人が育たない」(原田理事長)。なかでも、石膏で型をとる型職人の激減は深刻で、「いま型職人を抱えているのは有田で20軒もない」(同組合の百武龍太郎専務理事)という。

 気心が知れた専属の型職人と以心伝心で創り上げてきた有田焼は風前の灯火だ。このまま何もしないでいては有田焼400年の技術が失われてしまう。関係者は危機感を募らせた。「なんとかしなきゃいけない」。そこへ救世主が現れた。日本の産業界に革命をもたらした「3Dプリンター」である。型職人の技術をICT(情報通信技術)で再現するという産地の逆襲が始まった。

この続きはNECビジネス情報サイト「WISDOM IT風土記」でご覧ください