「沈黙」「深い河」などの小説で知られる遠藤周作(1923~96年)が作家デビュー前に別名義で発表した“幻の処女小説”があり、本人の作として新たに単行本に収められることが2日、分かった。新進批評家だった31歳のときの娯楽色の濃い短編で、人間の悪や悲しさを見つめた遠藤文学の萌芽(ほうが)がある。15日に刊行される「遠藤周作『沈黙』をめぐる短篇集」(慶応義塾大学出版会)に収録される。
この作品は小説誌「オール読物」(文芸春秋新社)の昭和29年8月号に伊達龍一郎名義で掲載された「アフリカの体臭-魔窟にいたコリンヌ・リュシェール」。遠藤の処女小説とされる同年11月発表の「アデンまで」より前に世に出ていた。「アフリカの-」は原稿用紙換算で約20枚。戦後若くして病死したフランスの女優コリンヌ・リュシェールが実はアフリカのジブチで売春をしながら生きているという話を聞いた男たちが、彼女を探し求める過程で目にする衝撃の光景を描く。かつての人気女優の生の悲しみなどが伝わる一編だ。
遠藤は生前、作家の北杜夫さんとの対談で〈『オール読物』に伊達龍之介とかなんとかいう変名で、読みものを何回か載せてる〉と語っていた。この発言を知った町田市民文学館の学芸員が日本近代文学館の蔵書から発掘。弟子の作家で元「三田文学」編集長の加藤宗哉さんらが調査し「フランス留学の体験が投影され、文体も若き日のものと同じ。遠藤の小説とみて間違いない」と判断した。遠藤の著作権を継承する遺族も本人の作と確認したという。当時、新進批評家だった遠藤がアルバイトで書いたとみられる。
加藤さんは「すでに後の人気作家のストーリーテリングの才覚が十分に見て取れる。人間の悲しさや悪の問題など後に続くテーマもうかがえて興味深い作品」と話している。