【静岡古城をゆく 直虎動乱の渦】井伊家再興(浜松市北区) 激動生きた希代の“女城主” 墓所は生前結ばれなかった直親の隣に (2/2ページ)

次郎法師(直虎)の法号にちなみ建立された菩提寺の妙雲寺。観光客は少なくひっそりしている=浜松市北区神宮寺町
次郎法師(直虎)の法号にちなみ建立された菩提寺の妙雲寺。観光客は少なくひっそりしている=浜松市北区神宮寺町【拡大】

  • 龍潭寺境内にある松岳院跡地

 先学でも直虎を「中継ぎ」「当主代行者」と位置付け、決死の思いで井伊家の存続を画策し、虎松を擁護したこと確かである。歴代当主の中に記名はないが、希代の“女城主”だったのであろう。

 晩年の次郎法師は、家康に仕官した虎松(万千代)の高天神城(掛川市)の攻防戦など、出世を見届けて安堵(あんど)したのであろうか、天正10(1582)年8月、龍潭寺松岳院で眠るように息を引き取ったという。この3月に武田氏が滅亡し、6月には本能寺の変で織田信長が討たれた激動の年でもあった。

 次郎法師の墓は龍潭寺の歴代墓所にあり、生前結ばれることのなかった直親の隣に葬られた。その後、法号にちなみ菩提(ぼだい)寺・妙雲寺が建てられた。(静岡古城研究会会長 水野茂)