手帳を開いたら、水曜日に「エコー、すい臓、やまびこ208」とあった。
つまり、新幹線のやまびこ208号に乗って、病院にすい臓の検査に行くということ。実は検診で怪しい影がみつかり、再検査になっていたのだった。
「そうだった、やれやれ」と吐息をつきつつ改めて思った。
「で、すい臓って、どこにあるの?」
詳しく調べる余裕はないので、急ぎネットでチェック。
すい臓は、胃の裏側にある15センチほどの薄くてベロンとした臓器、とあった。
そういえば、すい臓は「おおきなおたまじゃくしの形だよ」と、昔々、先生が言っていたような…、と記憶のツボの奥深くに沈み込んでいたものが、いきなり表に飛び出してきた。要するに、学校で習って以来、この長い人生で初めて私はすい臓というものに関心を抱いたのだ、となんだか厳粛な気持ちになってしまった。
当日は、担当の医師が妙に優しかった。
「大丈夫だから、それが悪いものでも、優秀な外科医を紹介して、切っちゃってもらうからね」なんて言う。
ええっ、と思った。つまり、そういうことなの? と。
私には十数年前に胆管疑惑というのがあって、造影剤での検査が過酷すぎて気を失ったという経験があった。結局、なんでもなかったのだけれど、その検査にすっかりおびえて、その後は言われていた定期検査をスルーし続けて今にいたっている。
今回のすい臓疑惑では、医師が丁寧に見てくれたが影はなし。探して、探して、それらしきものは、なんと十二指腸にあった!
即刻CT検査で確認の上、間をおいてその影の大きさの変化を追うこととなった。
というわけで、「やれやれ」と家に戻って、再度調べたら、すい臓で怪しいなにかを見つけるのは、とても難しいと書いてあった。そのあたりは、他に副腎とか脾臓(ひぞう)とか、いろんな臓器が重なりあってぐちゃぐちゃしている。
パソコンの前で私は、色分けされた超のつくリアルな臓器画像をしばし呆然(ほうぜん)として眺め続けた。そして、なにかアートのようでもあるこの曼荼羅世界の中に分け入り、小さな影を追い続ける困難さにめまいがした。
「で、脾臓ってなにするとこ?」
そんな自分の無知さ加減にも、なんだかもうあきれ果ててしまった一日だった。(ノンフィクション作家・久田恵)