理化学研究所 放射光科学研究センター 利用システム開発研究部門 物理・化学系ビームライン基盤グループ 軟X線分光利用システム開発チーム 客員研究員・久我健太郎
■光電子を通じた電子の軌道混成状態の観測
例えば「超電導」や「磁性」のような物質の性質の多くは「不完全殻」電子が担っており、不完全殻電子の状態を調べることは物質の性質を理解する上で必須である。ここで、不完全殻とは、原子内における電子軌道(s軌道、p軌道、d軌道、f軌道等がありこれらの軌道を占有できる電子数は決まっている)のうち、原子内で最もエネルギーが高く部分的にしか電子が存在しない軌道のことである。
今回、理研を中心とした共同研究グループは、大型放射光施設「SPring-8」において、波長が0.3ナノメートル以下の硬X線の電場成分を水平あるいは垂直方向に直線偏光制御し、超伝導体である希土類元素のイッテルビウム(Yb)化合物β-YbAlB4(Al:アルミニウム、B:ホウ素)に当てた際に放出される「光電子」の放出方向やエネルギーを詳細に調べた。この結果、イッテルビウムイオンの不完全殻である4f電子の「波動関数」を精密に決定でき、その空間分布が従来の「局在電子モデル」から予想されるものと大きく異なっていることが分かった。これは、イッテルビウムイオンの4f電子が、ホウ素に由来する伝導電子と強く混成した「軌道混成状態」を形成していることを示している。
本実験手法が、局在電子モデルが成り立つ希土類化合物だけでなく、原理的には遷移金属を含む局在性の弱い化合物でも適応可能なことを示したことから、今後、脱レアアース磁性材料などの機能性材料の開発が加速すると期待できる。
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【プロフィル】久我健太郎
くが・けんたろう 2011年東京大学新領域創成科学研究科博士後期課程修了、博士(科学)。東京大学物性研究所特任研究員、大阪大学大学院理学研究科特任研究員、理化学研究所特別研究員などを経て、19年4月から豊田工業大学ポストドクトラル研究員と現職を兼任。
■コメント=決定困難な軌道混成状態について、光電子分光による決定手法を確立したい。