「トールペイント」を習い始めて1年目。やっと初の作品が完成した。
月に1度、2時間だけの練習で、よくぞ完成にたどり着けたと思う。最後に、仕上げのニスを塗り終えたら、なんだか身体の力が抜けてしまった。
周りから「おめでとう」などと寿(ことほ)がれ、嬉(うれ)しいような照れくさいような…。
そもそも、完成にかくも長くかかったのは、初心者にはとんでもなく大変そうな作品に、自ら無謀に挑んだせいだった。
先生から、「どれをやってみたい?」とデザインの見本を見せられたとき、「これを作りたい」ではなく「これが欲しい!」と思ったのが、この作品。花と可愛(かわい)いマトリョーシカの女の子が描かれた直径20センチほどのまん丸の木の箱。
そのふたにも、その本体にも、バラやイチゴや、チューリップの花がたくさん描かれていた。私としては、もうこの一作でいろんな技法が学べそう、と思ったのだ。
趣味にはまると、下手な作品が狭い部屋にどんどん増殖し、途方に暮れてしまいがち。
それだけは避けたい。
ならば、上手になるまで、この箱を練習台に、繰り返し下地を塗り直して納得のいく作品になるまで描き続けたらいいかなあ、と。が、この考えは、周りから一笑に付された。
確かに、でき上がってみたら、どんなに下手でも作品への愛着が大きい。また一からやり直しなんていう芸術家のごとき心境にはまったくならなかった。
「もういい、これでいいです。ニスを塗って完成にします」
と先生に訴えたのは、こちらの方で、ま、そんなものよねえ、私って、という心境になった。
なにごとも持続不能な私ではあるけれど、このトールペイントの世界には伝統技法の習得という切り口がある。
技法を習得さえすれば、3分で、華麗なバラの花を描き切ってしまうこともできるらしい。
なにごとも修行十年と言うから、70代の私でぎりぎり間に合うかも。ひたむきに練習を繰り返せば、手がおのずと動くようになるのかもしれない。
などと思ったら、家具にもドアにも、ごみ箱にも、コップにも、バッグにも…、部屋中のあらゆるところに花の絵を描きまくっている老女の姿が目に浮かんだ。10年後、そんなふうに自己完結して生き切るというのも、悪くない人生の選択に思えて、ニンマリしてしまった。(ノンフィクション作家・久田恵)