本ナビ+1

表現者たちの苦闘の歴史 ライター・永青文庫副館長・橋本麻里 (1/3ページ)

 □『匂いと香りの文学誌』真銅正宏著(春陽堂ライブラリー・2400円+税)

 近代以降、視覚や聴覚に基づく情報は、マスメディアを通じて大量に、素早く伝達することが可能になった。だが、嗅覚や味覚、触覚に属する情報を、遠く離れた他者へ、完全な形で伝える技術は、いまだに完成をみていない。

 それをいかに伝えるかという表現者たちの苦闘の歴史を、すでに『触感の文学史』という著作を持つ著者が、三島由紀夫、夏目漱石、永井荷風、金子光晴、堀田善衛、川端康成、村上春樹らの文学作品から、さまざまな記述を取り出し、分析していくのが本書である。

 共に視覚に属する観と光、では終わらない、異国での経験から、金子光晴は「非常に強烈だが一種偏って異様な、頑強で人の個性まで変えてしまいそうな」(「上海灘」)と書き、林京子が「着なれた夜具の、吐く息で湿った、襟もとの匂いに似ている。(中略)濃密な匂いをもった街」(『上海』)と書いた、近くて遠い街、上海での実感。

Recommend

Ranking

アクセスランキング

Biz Plus