平成30年9月に75歳で亡くなった女優、樹木希林さんの著書『一切なりゆき~樹木希林のことば~』(文春新書)が、令和2年となった今も売れ続けている。生前のインタビュー記事などから抜粋した154の言葉を編んだ同書。なぜこれほど長く人々の心をつかんでいるのか。
昨年の年間ベストセラーでも第1位となった同書は150万部を突破。文芸春秋によると、購入者の8割は女性で、年代別では多い順に60代▽70代▽50代▽40代▽80代と、ほとんどが中高年層だ。担当した編集委員の石橋俊澄さんは「読者の多くが、ドラマや映画、CMなどで樹木さんを認知し、これらの作品を通して樹木さんに何らかのシンパシーを感じ、存在の喪失を惜しんでいる世代。人生の後半戦を生きるこの世代は、樹木さんの言葉の重みや深さが痛切なものとして胸に響いているのだと思います」と分析する。
同社は昨年11月から12月にかけて、読者に「最も心に響いたことば」を問うアンケートを実施。トップとなったのは、エッセイストの長女、内田也哉子さん(44)が、樹木さんの葬儀で取り上げた「おごらず、他人(ひと)と比べず、面白がって、平気に生きればいい」だった。
この言葉通り、毎日を「面白がって」生きていた樹木さんの様子が垣間見えるのも同書の魅力の一つ。夫を亡くした友人から未使用の男物の下着をもらい受けて身に着け「私の下着はみんな前が開いてるの(笑)」と明かしたり、若いころにできたことが加齢でできなくなったことに気づき「こんなこともできなくなるんだ!」と感心したり。樹木さんならではのユーモアあふれる生き方が、含蓄のある言葉とともに紹介されている。
また、病と向き合い、前向きに生きた姿勢を、自身の生き方の参考とする人も多い。樹木さんは62歳で乳がんと診断され右乳房の全摘手術を受けるが、その後にがんが全身に転移、70歳のときに「全身がん」であることを公表した。同書では、命に限りのあることを実感しつつ、悔いのないように一瞬一瞬を大切に生きる樹木さんの姿がうかがえる。編集部には、自身や家族ががんとなり悩み苦しんでいた人たちから、「生き方を変えようと思った」「言葉に力をもらえた」などの声が多数寄せられているという。