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感染症による極限状況描く ル・クレジオ「隔離の島」文庫化

 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)で感染症をモチーフにした小説に注目が集まる中、筑摩書房は今月、フランスのノーベル賞作家、ル・クレジオ氏の代表作『隔離の島』(1995年)を文庫化した。翻訳者の中地義和さんは「フランスではカミュの『ペスト』に次ぐ感染症文学の代表的作品。長い作品だが、文庫化で手に取りやすくなったのを喜ばしく思う」としている。(平沢裕子)

 物語は、1891年、フランスからインド洋に浮かぶモーリシャス島へ向かう船内で天然痘が発生し、検疫隔離のために乗客たちが上陸した目的地近くの島で待機を強いられる「40日間」(原題。フランス語では「隔離」の意味もある)を描く。作家の祖父の実体験に着想を得ているという。

 天然痘はWHO(世界保健機関)が1980年に世界根絶宣言を行った唯一のヒトの感染症。物語の舞台である19世紀にもワクチンがあり予防接種が行われていたが、ワクチンを接種してもかかる天然痘の新たな症例が現れたことで、厳格な隔離措置がとられたとされる。食料や医薬品も不足するなかで募る乗客たちの不安、島の住民や被差別民との軋轢(あつれき)、迫りくる死の恐怖、そして主人公の恋など、隔離生活の克明な描写に、植物学者の採集日記、過去の移民の船旅や隔離の犠牲者の追憶が頻繁にはさみ込まれる。

 「語り手が複数いるのが特徴で、物語は細密なタペストリーか複雑な交響曲のように編成されています。熱帯の草木のむせかえるような香りや、岩に砕ける波のとどろき、肌を射る日差し、死人を焼く薪のにおいや灰の味など、五感のすべてに訴える感覚的描写も素晴らしい」と中地さん。

 一番の読みどころは、主人公レオンが、島の娘シュルヤと惹(ひ)かれ合い、また搾取と窮乏の中で島の住民が営んでいる人間的な生活を知るにつれ、それまで彼をとらえていた故郷モーリシャスへのこだわりが薄らぎ、シュルヤの体現する世界を知りたいと願うようになる-というプロセスだ。情愛の絆で結ばれた兄夫婦との間に溝が穿(うが)たれていく過程でもある。

 19世紀のフランスを代表する詩人、ランボーの名や詩句がしばしば人物たちの口にのぼる。早熟な天才と称されながら20歳で詩を放棄し未知の世界に身を投げたランボーに惹かれるように、レオンが姿をくらます結末は鮮烈だ。

 中地さんは「種々の工夫を凝らしたこの小説には、著者の並々ならぬ愛着が込められています。時代や場所を問わず、隔離生活は自分と向き合うことを強いるのであり、ひとたび隔離を経験した人間はおのずと変わらざるを得ない-と、この小説は語っています。コロナ禍で外出自粛を余儀なくされたわれわれにも響くところがあるはず」と話している。

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