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「大阪発、大阪行き」 始発駅が終着駅という循環急行の魅力

 【時刻表は読み物です】

 新型コロナウイルスの感染拡大を受けた外出自粛による「おうち時間」で、国鉄時代の時刻表を熟読した。新発見があったり、再確認があったりした中で、現在では考えられないユニークな列車が目を引いた。それは始発駅と終着駅が同じの「循環急行」。大阪環状線のようにぐるりと回って同じ駅に帰ってくる形。「鉄ちゃん」以外で、全線乗り通す客はいなかっただろう。

 日本国有鉄道版の時刻表1972年9月号を開いてみよう。「千歳線・室蘭(むろらん)本線上り」のページに札幌発札幌行きの急行「いぶり」が掲載されている。札幌を10時25分、室蘭、洞爺行きの急行「ちとせ2号」と併結して出発。苫小牧などを経て東室蘭で室蘭行きを切り離し、伊達紋別(だてもんべつ)に到着。ここで洞爺行きを見送り、「いぶり」は、赤字ローカル線としてJR移行の前年、昭和61年秋に廃線となる胆振(いぶり)線に入る。

 時刻表の胆振線のページを開く。同線の中心駅、京極には14時47分着。ここで反対方向からやってきた「いぶり」と行き違う。つまり、この時間帯の京極駅には札幌発札幌行きの急行「いぶり」が2本止まっていることになる。「循環急行」だからこその風景だ。

 札幌に行く客は伊達紋別からきた「いぶり」に乗ると17時38分に着くが、伊達紋別に向かう「いぶり」に乗ると、札幌着は19時23分になってしまう。乗客への案内はていねいに行われていたことだろう。

 胆振線から函館本線に入る倶知安(くっちゃん)で急行「らいでん3号」、次の小沢(こざわ)で普通列車とつながり、小樽などを経て札幌へ。約7時間の一周旅は終わりを告げる。

 まだまだ国鉄が輸送機関の主役だった時代。全国至るところに急行列車が走っていた。一度の車両運用で、都市圏から地方へ、逆に地方から都市圏への輸送ニーズに応えようとした結果、ぐるりと回って帰ってくる循環急行が生まれたのではないだろうか。

 「いぶり」は55年まで走った。そのほか、盛岡-宮古-釜石-花巻-盛岡の「そとやま」、逆回りの「五葉」、長野-小諸-野辺山-小淵沢-松本-長野の「のべやま」、逆回りの「すわ」、新宿、両国から房総半島を一周して戻ってくる「なぎさ」「みさき」などの存在も知っていた。しかし今回、自分自身にとって新発見の循環急行があった。大阪発大阪行きの臨時急行「アルペン1号」「アルペン2号」だ。

 「1号」は10時37分、大阪を出発。米原から北陸本線に入り、金沢、富山などを経て直江津へ。信越本線に入って長野に着くのは20時25分。塩尻から中央本線を通り、名古屋には深夜の2時30分到着。そして大阪には早朝の5時41分に帰り着く。「2号」は大阪発22時30分の夜行列車。米原から名古屋-長野-直江津-金沢-米原と「1号」と逆回りで大阪に翌日の18時45分に帰ってくる。

 走行距離は千キロ近く、所要時間は19~20時間と壮大な旅。信州、北陸の観光地を巡る、いまはやりのクルーズトレインを運行してもいいルートだ。

 使用車両は急行型客車の12系。鉄道ファン的には、おそらく何回も行われた機関車の付け替えなどを眺めるだけでも楽しいと想像できる。ただ、一般乗客にとっては、4人掛けのボックスシートでは優雅な旅は難しく、設定ダイヤ、ルートとも無理があり、臨時列車のまま2年ほどで運行を終えた。

 本来なら別々の急行を一本につなげたような循環急行。JRになってからは姿を消し、急行自体も定期運行はなくなっている。もう出合うことのない列車のダイヤをたどり、妄想旅行に興じるのも時刻表の楽しみ方のひとつと再確認した。(鮫島敬三)

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