家族がいてもいなくても

(660)幸せのペンキ、刷毛にのせて

 「原っぱ」に小さなガーデンハウスが2つ完成しつつある。

 1つは「ミニミニ原っぱギャラリー」。もう1つは人形を展示する「パペットハウス」。

 散歩の途中で、原っぱに出現したハウスを見つけ、「なんかができている!」と驚く人がいる。「誰がなにをするつもり?」とあっけにとられる人もいる。

 張本人の私も、わくわくする気持ちと「なにやってるんだろう?」と自問する気持ちとが、日々交錯している。

 この成り行きに一番戸惑っているのは自分かもしれない。

 なにしろ、那須では、秋が深まりつつあるけれど、その後は長い冬籠もりが…。

 春は遠く、混迷が続く今、先の事まで考えられないという状況だ。

 にもかかわらず、「確か家の色塗りは、自分でやるって言ってたよねえ」と、ガーデンハウスを建ててくれているガクさんが言う。

 そう言われて、そうだった! と思い出しはしたけれど、なにを隠そう、私は家の色塗りをやったことなどないのだ。

 とりあえず、トールペイント仲間のガクさんの妻とともに、ホームセンターで、ペンキや刷(は)毛(け)を購入した。その途中に聞いてみたら、彼女も「ワタシも家の色塗りなんかしたことない」だって。

 でも、小さい家だからすぐ終わるよね、などと言っていたら、とんでもない。2度塗り、3度塗りは当たり前と。

 ともかく、どんなに忙しかろうと、目の前にあることは、とりあえずやる、それしか道はない、という日々を送ってきた私である。

 「雨、降ってくるよ~、やめようか~」と言う彼女に、「今日はとにかくやる」と宣言し、ハウスの部屋の壁を一緒に塗り始めた。

 色はクラシックホワイト。

 今どきのペンキは、油性も水性もあまり変わらないというので、扱いやすい水性にした。

 始めてみるとなかなか楽しい。

 ひたむきに刷毛を動かす作業は、それだけで無心になれる。

 それにしても、板張りの壁にペンキを塗っただけ、という素朴な小屋っぽさがいい。

 おまけにこんなことができている今の自分の幸運さが、胸に沁(し)みる。

 できていたことさえできなくなる日々に突入しているというのに、ささやかでも、初めてのことにチャレンジしているなんてねえ、と。

 小さな小屋の初めてのペンキ塗りは、私に思いがけない幸せを与えてくれるのだった。(ノンフィクション作家 久田恵)

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