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まさにパイオニア 今も輝く高田賢三さんの足跡

 4日亡くなった高田賢三さんは、まさに日本人デザイナーのパイオニアだった。

 1960年代半ばにパリに渡り、70年にパリに自身のブティックを開店。新鮮さと解放感にあふれたデザインは有力ファッション誌「ELLE」などに注目され「ケンゾー」の名前は知れ渡った。

 それからはとんとん拍子。高田さんの服は、当時主流となりつつあった量産の「プレタポルテ(既製服)」に合い、爆発的に流行。パリのファッション界で「50年代はクリスチャン・ディオール、60年代はイブ・サンローラン、70年代はケンゾー」と呼ばれるほどに。

 その後、世界最大の高級ブランドグループ「モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン」(LVMH)に買収され、高田さんはブランドを離れたが、服飾評論家の深井晃子さんは「無名の日本人の若者だった高田さんは、ファッションの在り方を変えた。その足跡は今も輝いている」と話している。

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