572人中から選ばれた精鋭宇宙飛行士
野口聡一氏は、JAXA所属として5人目、日本人としては6人目の宇宙飛行士であり、今回の「第64次ISS長期滞在ミッション」は、同氏にとって3度目の宇宙滞在となります。
野口氏は1965年(昭和40年)、神奈川県横浜市に生まれ、東京大学工学部航空学科、同大学院工学系研究科を経て、石川島播磨重工業(現IHI)に入社し、超音速旅客機のエンジン開発に従事していました。
1996年(平成8年)には、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の前身であるNASDA(宇宙開発事業団)の宇宙飛行士候補者の募集に応募し、572人の受験者の中から選定され、同年8月からはNASA(米航空宇宙局)のジョンソン宇宙センターでISS組み立てミッションの訓練を受けています。
遠い宇宙…初搭乗を目前にコロンビア号事故
野口氏にとってはじめての宇宙船搭乗は、2002年のスペースシャトル・エンデバー号の予定でしたが、スケジュールが変更され、その2フライト後のディスカバリー号に乗ることになります。しかし、そのひとつ前のミッションで「コロンビア号の空中分解事故」が発生します。この事故によってNASAはシャトルの打ち上げを無期限で中止。その間、約2年半の待機期間を経て、野口氏は2005年7月、念願のシャトル初搭乗を果たします。このミッションで同氏は宇宙に15日間滞在し、船外活動(計20時間5分)を3回行いました。
2回目の宇宙飛行は、2009年12月に打ち上げられた「第22次/23次ISS長期滞在ミッション」でした。ロシアの宇宙船「ソユーズTMA-17」に搭乗してISSを往復しましたが、このとき野口氏はフライトエンジニアを務め、船長の補佐としてソユーズ宇宙船の操縦業務を日本人としてはじめて行っています。また、約5ヵ月半にわたるISS滞在の間に、ISSに設置された日本実験棟「きぼう」のロボットアーム(子アーム)の取り付けや実験運用などを行っています。
この滞在中の2010年4月には、後続のミッション(STS-131)のクルーであった山崎直子氏がISSに到着し、史上はじめて「日本人2名の同時軌道上滞在」を実現しています。
宇宙滞在記録347日8時間を超えるか?
野口氏の宇宙滞在記録は現在177日3時間5分であり、2回目のミッションで若田光一氏が持つ記録159日10時間を抜き、日本人の最長記録を打ち立てました。しかしその後の2014年に若田氏に再度抜かれ、現在は2位となっています。しかし、今回のクルー・ドラゴンによるミッションでは約半年間のISS滞在が予定されているため(帰還日未定)、若田氏の現記録347日8時間32分を野口氏があらためて更新する可能性があります。
ともに飛ぶベテラン宇宙飛行士たち
今回、野口氏とともに飛ぶのは、マイケル・ホプキンス氏、ビクター・グローバー氏、そして女性搭乗員であるシャノン・ウォーカー氏の3名です。
マイケル・ホプキンス氏は、このミッションの司令官(船長)であり、打ち上げから再突入までのすべての飛行を担当します。スタンフォード大学で航空宇宙工学の修士号を取得し、米空軍のフライトテスト・エンジニアを経て、2009年の長期滞在ミッションに参加。このミッションでISSに166日間滞在し、計12時間58分の船外活動(2回)を経験しています。今回が2度目のフライトです。
ビクター・グローバー氏は、パイロットと副司令官を務めます。このミッションが彼にとって最初の宇宙飛行です。前職は海軍パイロットであり、F -18戦闘機などに搭乗していました。
シャノン・ウォーカー氏は、宇宙船の航行を管理する「ミッション・スペシャリスト」として、タイムライン、テレメトリ、燃料や酸素などの残量など、常に宇宙船の状態を監視します。2010年にソユーズ宇宙船でISSを訪れ、161日間を過ごしています。ライス大学で理学修士号と宇宙物理学の博士号を取得した後、2004年にNASAの宇宙飛行士に選ばれました。同氏にとってこれが2度目の宇宙滞在となります。
【宇宙開発のボラティリティ】は宇宙プロジェクトのニュース、次期スケジュール、歴史のほか、宇宙の基礎知識を解説するコラムです。50年代にはじまる米ソ宇宙開発競争から近年の成果まで、激動の宇宙プロジェクトのポイントをご紹介します。アーカイブはこちら