新型コロナウイルス感染症対策をめぐり、厚生労働省が推奨しない空間や全身への除菌液噴霧が11月、スポーツの国際大会や大規模イベントで相次いで実施された。厚労省は健康への影響を懸念し、「推奨されない手法を用いることは不適切」との見方を示した。これまでに法律に基づいて有効性や安全性が確認され、国などの承認を得た空間噴霧用の薬剤はなく、専門家は「安心感を得ようと安易に使用するのは避けるべきだ」と指摘した。
除菌液の全身への噴霧は、東京・国立代々木競技場で11月8日に開かれた体操国際大会で実施。大会は国際体操連盟の主催で、会場入り口に、ボタンを押せば液剤が10秒間噴出する機器を計5台設置。機器には約180センチの高さまで4つのミスト噴出口があり、参加した日本とロシア、中国、米国の4カ国の選手らは大会当日などに「二酸化塩素水」という液剤を浴びて会場に入った。
日本体操協会は厚労省など国が空間噴霧を推奨していないことを認識していたものの、機器が常時噴霧ではないとして、設置を決定。販売元の担当者は取材に「空間噴霧ではなく、衣服や持ち物の除菌が目的。頭髪や顔にもかかり、吸引する可能性はあるが、選手はマスクを着用し、1回ずつボタンを押してミストを浴びる。常時噴霧より短時間で人体への影響はないと考えている」と説明した。販売元は、有効性や安全性について自社や原料メーカー側のデータがあるとした一方で、第三者機関による検証は実施していないと明かした。
また、21日からの3連休に東京・代々木公園で開催された野外イベントでは空間噴霧を実施。実行委員会事務局を務めた企業によると、会場入り口に噴霧器を搭載したビニールトンネルを設置し、同社が販売元の「次亜塩素酸水」を噴霧したという。同社は取材に「トンネルの通過は任意で、来場者にも明確に示していた。吸引の可能性などはあるが、製造元のデータで効果と安全性を確認している」とした。
厚労省など国は、人がいる環境に消毒や除菌効果をうたう商品を空間噴霧して使用することは、眼や皮膚への付着や吸入による健康影響の恐れがあることから推奨していない。国は一定濃度の次亜塩素酸水は物品に付着したウイルス対策として拭き掃除などで有効としているが、吸引などをしないよう注意を呼び掛ける。また、体操大会で用いられた二酸化塩素水については、厚労省は「効果効能は把握していない」としている。
厚労省によると、有効で安全な空間噴霧の方法について科学的に確認された例はなく、医薬品医療機器法(薬機法)に基づき医薬品や医薬部外品として承認された「空間噴霧用の消毒剤」はない。また、2つの行事で使用された液剤は販売元サイトの使用用途でそれぞれ「手指の除菌」(現在は削除)、「手指消毒」などと表示。消毒・除菌目的で人体に対して使用する物品を販売する場合に必要な、医薬品や医薬部外品の承認を取っていなかった。
感染症対策に詳しい順天堂大の堀賢(さとし)教授は「抗菌作用のある物質は、生物に有害なので効果がある。空中に散布すれば、吸引で人体に取り込みやすくなるほか、液剤と病原体の接触時間が十分ではないため効果が得られない。感染対策では、科学的に効果が証明された安全な方法を選び取ることが重要だ」と指摘した。
液剤噴霧の体操協会「深く反省」
消毒・除菌目的での次亜塩素酸水の空間噴霧は新型コロナウイルスの流行初期に広まったが、国が6月に推奨しないとの方向性を示したことで一定期間落ち着いていた。体操国際大会でミストを浴びる印象的な手法が再び注目されることとなったが、日本体操協会(東京)は取材に対し、「深く反省している。保健所に空間噴霧について見識などを聞き、他競技にも伝えていきたい」と回答した。
日本体操協会は11月下旬、産経新聞の質問に文書で回答を寄せた。
同協会は液剤の噴霧について、販売元から「人体に噴霧して安全」という説明を受け、検討した上で設置を決めたという。専門家からの助言や指導は受けておらず、選手らから液剤の噴霧について同意書は得ていなかった。
協会側は「機器や液剤に事前に調査を行えなかったこと、販売元の情報を信頼して設置に至ったことは、協会として深く反省している」とした。今後の大会で今回の機器を使用しない予定だとし、専門家のアドバイスを受けて環境、人体への影響も十分に配慮した対策を取る意向を示した。
大会会場がある渋谷区の同区保健所の担当者は取材に「協会から大会前に連絡はあったが、会場の消毒に液剤の噴霧を用いるという内容だった。具体的に人体に向けて噴霧するという方法を知らされていれば、『それは違う』と言っただろう」と話した。