袋小路に陥った裁判所のトンデモ審判
先ほど挙げた例で、裁判所は父子の面会交流を妨害する母親の姿勢を非難しつつ、それが児童虐待であるかどうかについて、その判断を避けました。その結果、「児童虐待がなされたかどうかは監護権者の決定に影響を及ぼさない」というトンデモ審判となってしまいました。裁判所は何故(なにゆえ)、ここまで頑なに児童虐待かどうかの評価をしなかったのでしょうか。
先ほどお話ししたように、裁判所には「継続性の原則」という基準が厳然と存在し、各裁判官はその原則に従うことを余儀なくされています。この原則を無視するような判決ばかり出しているとどうなるか。おそらく人事で不利益を受けることになるでしょう。
だから各裁判官は、自身の立場を守るためにもこの「継続性の原則」を死守します。だったら、先ほどの件で、母親が父子の面会交流を妨害したとしても、それは児童虐待ではないと言い切ればよいではないかと思うかもしれません。
しかし、そうもいかない事情があります。それは、以前コラムでもお話ししたかと思いますが、昨年7月8日、欧州連合(EU)の欧州議会から日本の親子断絶の現状に対して、非難決議がなされました。欧米では、本件にように一方の親が他方の親と子の交流を妨害することは児童虐待と明確に位置付けられています。これに反する見解を裁判所が出すわけにもいかないのです。この件で、裁判所はまさに袋小路に陥りました。その結果、先ほどの意味不明なトンデモ審判となったのです。
日本にもフレンドリーペアレントルールを
今の家庭裁判所の採用している「総合的な考慮」基準は、「『子供が現在暮らしている環境の維持』という観点を最も重視した上での総合考慮」となっています。結局、「継続性の原則」に思いっきり軸足を置いているのです。
私は、この裁判所の基準に反対します。この基準に従えば、子供の連れ去りは横行し、親子の断絶の問題は決して解決しません。解決の唯一の選択肢が、フレンドリーペアレントルールなのです。私が提案したいのは、フレンドリーペアレントルールだけを考慮基準とすることではありません。そうではなくて、「寛容性の原則」に軸足を置いた基準、つまり、「『フレンドリーペアレントルール』という観点を最も重視した上での総合考慮」にすべきだということです。他の先進国では当たり前となって久しいこの基準、もう日本にも根付かせる時期に来ているのです。
【まさかの法的トラブル処方箋】は急な遺産相続や不動産トラブル、片方の親がもう片方の親から子を引き離す子供の「連れ去り別居」など、誰の身にも起こり得る身近な問題を解決するにはどうしたらよいのか。法律のプロである弁護士が分かりやすく解説するコラムです。アーカイブはこちら