高論卓説

どこで、どう過ごすか覚悟の時代へ 面会禁止の病院・高齢者施設

 2カ月前には、新型コロナウイルスの第3波が収束に向かっていると言っていたのが嘘のように、現在は第4波の渦中である。しかも、変異株の猛威による、比較的若い年代での急速な重篤化は恐怖であり、先が見えない。(永井弥生)

 病床がない、人手が足りない、重症者を受け入れることができない、他の病気の治療にも影響を与えるという状況は、地域によっては医療崩壊に陥っている。そうでなくても、そういったリスクを抱えているのである。

 既に1年以上、どの病院も高齢者施設も全面的に面会禁止である。インフルエンザが流行した際に面会禁止となることはあったが、これほどの長期間にわたったことはない。

 以前は、病院側からも、高齢者の方が入院すると、環境が変わることで認知症の症状が進むかもしれないので会いに来てください、と話していたことがあったかもしれない。患者や家族としては、会いたい時に会いたい、様子を直接知りたい、話だけでなく顔を見たい、と思うかもしれない。しかし、やむを得ずの状況となってしまえば従わざるを得ない。

 外部からの面会者が自由に出入りできるのは、感染症の面からだけでなく、病院スタッフにとってもリスクがある。面会者のチェックができるような体制はとっていても、自由に病棟に入れるのであれば意味がない。現在は、それなりの病棟を持つところであれば、病棟ごとに入り口にカードキーでの管理を行い、スタッフ以外は入れないようにするなど、整えられている。各施設において特別な状況と認められるときには、厳密な判断、手続きの上で面会を許可するルールを定めているであろう。

 メリット・デメリットを感じながらも、やむを得ず定着している体制であるが、新型コロナが落ち着いたら元のように戻るのだろうか。これは、現在より少し緩めることはあっても、完全に戻すべきではないと考える。医療側として、この状況のメリットはある。感染症を持ち込むリスクは目には見えないものであり、徹底管理は持続すべきである。

 特に入院病棟という管理を要する場への自由な人の出入りは制限すべきである。ルールに従って、病院側からの説明や必要時の話はきちんと設定すればよい。オンラインは進歩しており、適宜さまざまな形での利用が可能である。患者さんには責任を持って治療を行う、任せていただく、会えない状況にも配慮しつつ医療に専念することで、そこには責任と覚悟が生じる。

 患者さん側にとっては、入院や入所した以上は家族に会えない、任せるしかないと覚悟を持っていただくしかないのである。医療者から家族への直接の説明は可能だが、制限が生じることもある。入院せざるを得なければ、任せるしか選択はない。施設に入所したら、定期的に会いにいくこともできない。急変時には間に合わないこともある、もう会えないかもしれない、そんな覚悟も必要なのである。

 社会は超高齢化時代へと進む。最期をどこでどう迎えるのかを考えなければならない。会えないのは嫌だからと、在宅での看護、看取りを選択する場合もある。この時代は、医療、死、人生、終活と、改めて考える機会となったのではないか。「覚悟」を持って選択できるか、一人一人の意識にも、医療者と患者関係の進化にも新型コロナが加速度をつけている。

【プロフィル】永井弥生 ながい・やよい 医療コンフリクトマネージャー。医学博士/皮膚科専門医。山形大医卒。群馬大学病院勤務時の2014年、同病院の医療事故を指摘し、その後の対応に当たり医療改革を行う。群馬県出身。

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