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「ポリオ」で介護を受けた縄文人に“異説” 解明進む世界遺産候補

 子供の頃に手足の麻痺(まひ)が生じたとみられる縄文人の病気に異説が出ている。縄文遺跡「入江貝塚」(北海道洞爺湖町)で出土した人骨はポリオ(小児麻痺)にかかり、介護を受けながら成長したと説明されてきた。しかし、近年は縄文人の暮らしの解明が進み、この人骨もDNA分析で別の病気の可能性が指摘されている。縄文遺跡をめぐっては、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産への登録審議に向けた事前審査の結果が5月にも出される。縄文人の介護も改めて議論を呼びそうだ。(寺田理恵)

 今もイルカが現れる北海道南西部の噴火湾。沿岸には貝塚が密集し、ポリオにかかったとされる人骨が出土した入江貝塚もその一つだ。ここに定住した縄文人はイルカやオットセイ、エゾシカをはじめ旬の山海の幸を食べていた。

 「食料を計画的に確保する生活サイクルができていた。貝塚には食べたものの骨などが残っている。墓も見つかっているので、人骨から分かることも多い」と洞爺湖町教育委員会の学芸員、澤野慶子さん。

 食料を探して移動する生活では、人骨の主も介護を受けるのは難しかったかもしれない。

 「野蛮な縄文」覆す

 かつて「中国から稲作が伝わる前の野蛮な時代」とみられていた縄文時代のイメージは、「三内丸山遺跡」(青森市)の平成初期の発掘調査で大きく変わった。大型掘立柱建物など大規模な集落跡が見つかったことがきっかけとなった。

 入江貝塚や三内丸山遺跡は、政府がユネスコ世界文化遺産に推薦した「北海道・北東北の縄文遺跡群」(北海道、青森・岩手・秋田の各県)を構成する17の遺跡に含まれる。「人類は農耕の開始によって定住した」という歴史の見方があるが、縄文遺跡群は農耕をしなくても採集・漁労・狩猟によって定住した証拠となる。入江貝塚では、豊かな海の幸が定住を可能にした。

 ここでは竪穴住居や、大規模な3つの貝塚とその中に形成された墓などが出土している。貝塚は5000~4000年前の縄文前期から後期にかけてつくられ、墓が設けられていたことから「神聖な場」だったとみられている。

 煮炊きに使われたとされる土器や釣り針などの道具類のほか、新潟県のヒスイや北海道にいないイノシシの牙を人の歯型に彫ったアクセサリーなど、本州との往来を示す証拠も出土している。しかし、解明されていない部分もある。

 展示施設に2つの説

 ポリオにかかったとされる人骨は、昭和42年頃に入江貝塚から出土した人骨の一つ。縄文時代の助け合いの精神を示す物証として知られてきた。

 町教委によると、頭の大きさに比べて手足の骨が極端に細く、寝たきりの状態で20歳頃まで成長したと考えられてきた。頭が細いことから女性とみられていたが、国立科学博物館の研究者による近年のDNA分析で男性と判明し、男性に多い筋ジストロフィーの可能性も指摘されているという。

 「寝たきりの状態になった原因として、考えられる病気の一つがポリオ。一方で、DNAを調べた研究者によって男性であることが分かり、筋ジストロフィーの可能性が高くなっているが、いずれも決定的な証拠はない」と澤野さん。

 縄文遺跡群は7月に行われる世界遺産の登録審議に向け、事前審査を担う諮問機関による登録の可否の勧告が5月にも出される。町教委は休館中の出土品展示施設「入江・高砂貝塚館」に講演会などができるスペースを増設し、6月上旬にリニューアルオープンする予定だ。「今後はポリオと筋ジストロフィーの両方の説を紹介したい」としている。

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