ラーメンとニッポン経済

1972-日本中が固唾を呑んだ「あさま山荘事件」 厳寒の山中に…湯気立ちのぼるカップヌードル (3/3ページ)

佐々木正孝
佐々木正孝

■日本中が固唾を呑んだ「あさま山荘事件」、厳寒山中の湯気

 ところが、発売直後のカップヌードルがスーパーや小売店の店頭に並ぶことはなかった。当時のインスタントラーメンは1食25円程度の安売りが基本。1食100円で値付けされたカップヌードルは卸店から目を向けられることがなかったのだ。安藤は「新しい商品は新しい販売システムで売れ。衝撃的な商品は必ず売れる。それ自身がルートを開いていくからだ」という信念の下、新たな販売ルートを開拓。日清食品の営業スタッフは遊園地や鉄道弘済会(キオスク)、官公庁、パチンコ店、旅館、警察や消防署など、通常の食品ルート外からの販売を模索した。

 朝霞駐屯地では演習中にカップヌードルを食べる陸自隊員の姿が見られるようになるなど、ファッションフードの下に隠れた機能性はハードな現場で着実に支持され、ついにカップヌードル需要が爆発する瞬間が訪れる。

 1972年2月。握り飯もカチカチに凍りつく、氷点下15度の軽井沢。山荘に立てこもった連合赤軍と警官隊が対峙した「あさま山荘事件」が勃発。鉄球が繰り返し打ちつけられる、衝撃の強行突入シーンはテレビで生中継され、各局を合わせた瞬間最高視聴率は89.7%を叩き出した。

 手に汗握る、緊迫の野戦。そこで警視庁のキッチンカーが提供したのが、湯気立ちのぼるカップヌードルだ。香りに惹かれた長野県警やメディア陣がこぞって注文しただけではなく、機動隊員がうまそうに啜る姿を見た視聴者からも問い合わせが殺到。戦後史に刻まれた大事件を彩ったことで、「羽が生えたカップヌードル」と評されるほど馬鹿売れしていったのである。

 あさま山荘事件に立った湯気から、約半世紀。日本で作られているカップ麺は39億7021万食、袋麺は約15億9870万食に及ぶ(2019年:日本即席食品工業協会)。そんな隆盛の中、カップヌードルはもちろん、チキンラーメンもロングセラー商品としていまだ健在。生産ラインは当時と変わらぬ製法で稼働し続けている。

 その食文化は国内にとどまることなく、海の外へも伝播。2020年に全世界で消費された即席麺は実に1165億食。そして、2005年には日清食品のラーメン「スペース・ラム」がNASAフードラボから認可を受け、宇宙飛行士の野口聡一が国際宇宙ステーションで「とんこつ味」を食べる光景が中継された。ファッションフードとして生まれ、野戦食としてブレイクし、国民食から世界食、そして宇宙食へ--昭和の胃袋を震撼させたカップヌードルの旅は、まだ終わることがない。

佐々木正孝(ささき・まさたか)
佐々木正孝(ささき・まさたか) ラーメンエディター、有限会社キッズファクトリー代表
ラーメン、フードに関わる幅広いコンテンツを制作。『石神秀幸ラーメンSELECTION』(双葉社)、『業界最高権威 TRY認定 ラーメン大賞』(講談社)、『ラーメン最強うんちく 石神秀幸』(晋遊舎)など多くのラーメン本を編集。執筆では『中華そばNEO:進化する醤油ラーメンの表現と技術』(柴田書店)等に参画。

【ラーメンとニッポン経済】ラーメンエディターの佐々木正孝氏が、いまや国民食ともいえる「ラーメン」を通して、戦後日本経済の歩みを振り返ります。更新は原則、隔週金曜日です。アーカイブはこちら

Recommend

Ranking

アクセスランキング

Biz Plus