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アイヌ文化伝承へ「ウポポイ」1年 歴史受け継ぎベテランや若手活躍

 北海道白老(しらおい)町にアイヌ民族の文化復興拠点「民族共生象徴空間」(通称ウポポイ)が開業して7月12日で1年を迎えた。アイヌの歴史・文化を学び伝えるナショナルセンターとして国が整備したもので、ウポポイの前身ともいえる施設の歴史も受け継ぎながら、伝承者や若手職員らが文化を次代につなげるための歩みを進めている。

 運営の土台は前身施設

 ウポポイは白老町にあるポロト湖畔に整備された。敷地面積は約10万平方メートル。東京以北で初の国立博物館「国立アイヌ民族博物館」や体験型のフィールドミュージアム「国立民族共生公園」、体験交流ホール、伝統的な集落(コタン)などからなる。約1・2キロ離れた高台には慰霊施設も整備された。

 この地には平成30年まで、ウポポイの前身ともいえる民間の一般財団法人アイヌ民族博物館があった。愛称の「ポロトコタン」はアイヌ語で「大きい湖の集落」を意味する。昭和40年に開業、長年にわたりアイヌ文化の発信活動などに取り組んできたが、ウポポイの開業準備に伴う運営団体の合併で、平成30年3月末に閉館した。

 職員の多くはウポポイへと移籍し、培ってきた経験と歴史はウポポイ運営の土台につながっている。

 踊りと歌で伝承41年

 ウポポイ唯一の伝承者、高橋志保子さん(71)=白老町出身=は今年で活動41年目を迎えた。19歳でポロトコタンに就職し、古式舞踊や歌などを来館者らに披露。今もウポポイ内の「チセ」(伝統家屋)で民族楽器の「ムックリ(口琴)」や踊り、歌などの定時公演を担当する。

 「来てくれた人に楽しんで帰ってもらいたいと思いながら続けていたら、こんなに長くなっていた」

 気さくな人柄が来館者から人気で、談笑しながらムックリの鳴らし方や昔のアイヌ民族の暮らしなどを説明。「楽しく交流できればそのことを誰かに伝えてくれるかもしれない。そうやって関心を持つ人が増えるとうれしい」と地道に伝えることの大切さを語る。

 ムックリは新型コロナウイルス感染防止用のアクリル板を隔てても、独特の音色が美しく響き、演奏を終えるたびに来館者から大きな拍手が沸き起こる。

 平成27年には、長年の伝承活動が評価され、地元の白老町から指定無形民俗文化財・伝統文化継承者に選ばれた。開業からの1年を振り返り「これからも来てくれた人たちを楽しませるために歌と踊りを続けたい」と語る。

 エカシの父の後を継ぎ

 「父がいたポロトコタンにはよく遊びに行っていた」。ウポポイでアイヌ文化を伝える仕事を始めて7年目の山丸賢雄(けんゆう)さん(27)=白老町出身=は、そう幼少期を語る。アイヌ文化に携わるきっかけは伝承者人材育成プログラムへの参加。父の山丸郁夫さんに紹介してもらったという。

 郁夫さんは「エカシ」と呼ばれる集落の長老だった。ポロトコタンでは、来館者に伝統舞踊を披露するなど文化振興を担当していたが、山丸さんが19歳の時に57歳で急逝した。

 研修は父が亡くなって間もなく始まったが、「あちこちで『お前が郁夫さんの息子か』と声をかけてもらった。それがありがたかった」と振り返る。

 第3期生として平成24年から3年の研修を受け、修了後にポロトコタンへ就職。今はウポポイでアイヌ語の体験教育を担当する。

 アイヌ民族は文字を持たず口承で文化をつないできた歴史があり、そのことを分かりやすく伝えようと、「赤ずきん」など手作りの紙芝居で童話などを和訳しながら朗読。アイヌ語をカタカナ表記したカードを使うなど工夫を凝らす。

 自身もアイヌ語を学ぶのが楽しいといい、「日常会話で使える環境にしたい」と話す。

 ウポポイ運営本部の野本正博文化振興部長(58)は「これからは文化の創造が必要」と次のステージに向けた目標を語る。

 今に伝わる古式舞踊などはかつての映像や音源などを参考に現代へ継承されてきた。野本さんは「先人たちも工夫を重ねて、これらの踊りを作りあげてきたはず。過去のものの再現だけではなく、今の時代に自分たちで生み出し、示すことも大切」と強調。人材育成プログラムの見直しなどを進めながら、新たな文化発信のあり方を探っている。(坂本隆浩)

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